第13号 2005.8.5発行 by 矢吹 晋
    東シナ海のガス田開発問題
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 「日中両国の中間線からわずか5キロの位置の春暁ガス田」についての報道がマスコミに登場して約1年、コップの中の飲み物をストローで呑み尽くすに等しい、といった経済産業相の比喩とともに、マスコミは日本ナショナリズムを徹底的に煽り続けてきた。
 ことの真相は何か。疑問に感じて、いろいろ探してみたが、いずれもわけの分からない解説ばかり。このとき干天の慈雨のような文章を発見した。復刊された『軍縮問題資料』2005年7月号に掲載された猪間明俊論文である。
 猪間論文に曰く「日本が主張する排他的経済水域のすぐそばで、中国がガス田を発見し、その開発作業を進めていることに対し、外務省や経済産業省が、中国が日本の資源を吸い上げるのはけしからんとクレームをつけ、開発をやめるように、また、地下地質データを提供するようにと中国に要求している。(中略)私は40年間にわたって日本の石油開発会社に身を置き、石油・天然ガスの探鉱開発の実務に携わった技術専門家であり、中国の南方海域での石油探鉱のために3年近く広州に滞在したこともある。その専門家として身につけた世界の石油業界の常識から見て、日本側の言い分は、じつは穴があったら入りたいと思うほど厚顔無恥そのものなのである」「石油・ガスの探査には極めて多額の資金を投入する必要があり、しかも掘ってみなければ存否が判らないものだけに大きなリスクを負っている。そのようなリスクを負って得た地下のデータは石油会社にとっては最高の企業秘密であり、それを見返りもなく見せろと言い張るのは、工業製品メーカーに特殊技術をよこせと強要するのと同じくらい無礼なことで、非常識も甚だしい」。(42ページ)
 国益を守るために断固として主張する、国益を守るためにはいかなる犠牲をも惜しまない、といった勇ましい主張、それも単なる私人ではなく、日本政府の重要な一部門である経済産業省のトップの主張が「厚顔無恥そのもの」だという判断であるから、これはおだやかではない。
 こう感じて機会を待つうちに、話題の人物猪間明俊氏の講演会で直接ご本人の話を聞くことができた。目から鱗が落ちるといういい方があるが、まさにその通り。この業界の専門家の話は、驚くことばかりであった。
 たとえば境界線から5キロメートルの話だが、この5キロメートルの意味を考えるには、業界の鉱区割の常識が必要だ。日本や各国の国内法レベルで、A社の鉱区の隣にB社の井戸を掘る場合、境界から何メートル離すことが必要か。答えはわずか100メートルだ。 
 100メートルしか離れていないならば、油脈がつながっていれば「ストローで吸い上げる」こともありえよう。しかし、これは各国の国内法で許されている業界の常識なのである。では国際間の常識はどうか。何メートル離さなければならないという協定は特にない。協定があれば別だが、なければ国内法の常識を援用することにならざるをえない。100メートルが基準ならば、5キロメートル離れていることは、中国が日中境界線(と日本側が主張している線)から50倍の距離をとったものであり、業界の常識からいえば、妥当なものというほかない。100メートル基準という国内基準(これは専門家しか知らない基準だ)を知らせることなしに、5キロという距離は「ストローで吸い上げることのできる距離」と強調するのは、ほとんど詐欺師まがいの言い分だと専門家はいう。もし「吸い上げられる」のがいやならば、自分も相手の鉱区境界近くに井戸を掘るしかない。この点についていえば、「中間線より5キロも離れた中国側水域での開発をやめろとは、この業界では国際的に通用しない横暴な主張」だと猪間氏はいう(43ページ)。
 結論を急ぐと、猪間氏は共同開発しかないと説く。その根拠は(1)日本が主張する中間線の東側、大陸棚縁辺までの間は、中国も自国のEEZだと主張している地域だから、両国の合意がないかぎり井戸は掘れない。(2)この海域の帰属権を国際司法裁判所に訴えても、日本が勝つとは限らない。国連海洋法条約からいえば、中国側の主張する「自然延長論」の方に分があると言われており、日本はこの海域の権利をすべて失う危惧すらある。
 論点は一つ一つ面白いのでもっと引用したいところだが、これ以上長くなると、猪間氏にも読者にもご迷惑と思われるので、引用をここでやめる。
 今後の課題として海上保安庁のホームページから、二つの地図を掲げる。一つは日本の領海等概念図であり、もう一つは領海基線等模式図である。日本政府の領海概念はここから明らかだが、これに対応する中国の領海概念図がほしい。三つ目の地図は、典拠は中国海洋石油のホームページからコピーしたもので、中国が共同開発を呼びかけている鉱区を示したものである。最後に、国連海洋法の大陸棚に関わる条項をコピーしておく。日本のマスコミには、200カイリの数字が躍るばかりで「大陸棚の延長」についての解説は、ほとんど見当たらない。だが、中国との領海の争点はおそらくこの「延長問題」をどう扱うか、であろう。
 
日本の領海等概念図:海上保安庁のホームページより
 
領海基線等模式図:海上保安庁のホームページより
 
中国が共同開発を呼びかけている鉱区を示した地図:中国海洋石油のホームページより
 
資料:海洋法における大陸棚についての規定
第76条 大陸棚の定義
沿岸国の大陸棚とは、当該沿岸国の領海を越える海面下の区域の海底及びその下であってその領土の自然の延長をたどって大陸縁辺部の外縁に至るまでのもの又は、大陸縁辺部の外縁が領海の幅を測定するための基線から200海里の距離まで延びていない場合には、当該沿岸国の領海を越える海面下の区域の海底及びその下であって当該基線から200海里の距離までのものをいう。
沿岸国の大陸棚は、4から6までに定める限界を越えないものとする。
大陸縁辺部は、沿岸国の陸塊の海面下まで延びている部分から成るものとし、棚、斜面及びコンチネンタル・ライズの海底及びその下で構成される。ただし、大洋底及びその海洋海嶺又はその下を含まない。
この条約の適用上、沿岸国は、大陸縁辺部が領海の幅を測定するための基線から200海里を超えて延びている場合には、次のいずれかの線により大陸縁辺部の外縁を設定する。
a(i) ある点における堆積岩の厚さが当該点から大陸斜面の脚部までの最短距離の1パーセント以上であるとの要件を満たすときにこのような点のうち最も外側のものを用いて7の規定に従って引いた線。
a(ii) 大陸斜面の脚部から60海里を超えない点を用いて7の規定に従って引いた線。
b 大陸斜面の脚部は、反証のない限り、当該大陸斜面の基部における勾配が最も変化する点とする。 
4(a)の(i)又はの規定に従って引いた海底における大陸棚の外側の限界線は、これを構成する各点において、領海の幅を測定するための基線から350海里を超え又は2500メートル等深線(2500メートルの水深を結ぶ線)から100海里を超えてはならない。 
5の規定にかかわらず、大陸棚の外側の限界は、海底海嶺の上においては領海の幅を測定するための基線から350海里を超えてはならない。この6の規定は、海台、海膨、キャップ、堆及び海脚のような大陸縁辺部の自然の構成要素である海底の高まりについては、適用しない。
沿岸国は、自国の大陸棚が領海の幅を測定するための基線から200海里を超えて延びている場合には、その大陸棚の外側の限界線を経緯度によって定める点を結ぶ60海里を超えない長さの直線によって引く。
沿岸国は、領海の幅を測定するための基線から200海里を超える大陸棚の限界に関する情報を、衡平な地理的代表の原則に基づき附属書IIに定めるところにより設置される大陸棚の限界に関する委員会に提出する。この委員会は、当該大陸棚の外側の限界の設定に関する事項について当該沿岸国に対し勧告を行う。沿岸国がその勧告に基づいて設定した大陸棚の限界は、最終的なものとし、かつ、拘束力を有する。
沿岸国は、自国の大陸棚の外側の限界が恒常的に表示された海図及び関連する情報(測地原子を含む。)を国際連合事務総長に寄託する。同事務総長は、これらを適当に公表する。
10 この条の規定は、向かい合っているか又は隣接している海岸を有する国の間における大陸棚の境界画定の問題に影響を及ぼすものではない。
第77条 大陸棚に対する沿岸国の権利
沿岸国は、大陸棚を探査し及びその天然資源を開発するため、大陸棚に対して主権的権利を行使する。
1の権利は、治岸国が大陸棚を探査せず又はその天然資源を開発しない場合においても、当該沿岸国の明示の同意なしにそのような活動を行うことができないという意味において、排他的である。
大陸棚に対する治岸国の権利は、実効的な若しくは名目上の先占又は明示の宣言に依存するものではない。
この部に規定する天然資源は、海底及びその下の鉱物その他の非生物資源並びに定着性の種族に属する生物、すなわち、採捕に適した段階において海底若しくはその下で静止しており又は絶えず海底若しくはその下に接触していなければ動くことのできない生物から成る。
第78条 上部水域及び上空の法的地位並びに他の国の権利及び自由
大陸棚に対する沿岸国の権利は、上部水域又はその上空の法的地位に影響を及ぼすものではない。
沿岸国は、大陸棚に対する権利の行使により、この条約に定める他の国の航行その他の権利及び自由を侵害してはならず、また、これらに対して不当な妨害をもたらしてはならない。
第79条 大陸棚における海底電線及び海底パイプライン 
すべての国は、この条の規定に従って大陸棚に海底電線及び海底パイプラインを敷設する権利を有する。
沿岸国は、大陸棚における海底電線又は海底パイプラインの敷設又は維持を妨げることができない。もっとも、沿岸国は、大陸棚の探査、その天然資源の開発並びに海底パイプラインからの汚染の防止、軽減及び規制のために適当な措置をとる権利を有する。
海底パイプラインを大陸棚に敷設するための経路の設定については、沿岸国の同意を得る。
この部のいかなる規定も、沿岸国がその領土若しくは領海に入る海底電線若しくは海底パイプラインに関する条件を定める権利又は大陸棚の探査、その資源の開発若しくは沿岸国が管轄権を有する人工島、施設及び構築物の運用に関連して建設され若しくは利用される海底電線及び海底パイプラインに対する当該沿岸国の管籍権に影響を及ぼすものではない。
海底電線又は海底パイプラインを敷設する国は、既に海底に敷設されている電線又はパイプラインに妥当な考慮を払わなければならない。特に、既設の電線又はパイプラインを修理する可能性は、害してはならない。
 

               
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