「ネットが変える中国、ネットで変わる日中関係」( 2010.1.19)閉会挨拶
横浜市立大学名誉教授、日中コミュニケーション研究会理事 矢吹晋
中国から6名の専門家をお招きした日中シンポジウムの閉会に際して、一言ご挨拶を申し上げます。今回のテーマはたいへん時宜にかなったもので、有意義な討論を行うことができました。「大成功」と評価できると思います。皆さんにお礼を申しあげます。在席のみなさん、ご感想はいかがでしょうか。ご満足のことと拝察いたします。
ここで最初に、中国からお出でくださった6名の来賓にお礼を申しあげます。
中国社会科学院新聞・伝播研究所所長尹韻公先生、
中国社会科学院新聞・伝播研究所党書記荘前生先生、
人民日報網絡中心与情観測室副秘書長単学剛先生、
南方都市報主席研究員張平先生、
ショートフィルム・クリエイター胡戈先生、
北京外国語大学国際新聞・伝播系展江教授、
今回の私どものシンポジウムにご参加くださってまことにありがとうございました。心からお礼を申しあげます。
実は、ちょうど1週間前に、グーグル・チャイナ(Google.cn)の撤退騒動が報じられ、私どもはたいへん心配しました。つまり、「ネットのあり方」という敏感なテーマの討論に際して、中国の客人をお迎えできなくなる事態を心配したのです。と申しますのは、2003年12月、「対日新思考」シンポジウムを企画した際に、北京の某研究所では、この企画を批判する「つるし上げ会」が開かれ、その模様が『中国青年報』で報じられる事件がありました。私どもは北京まで出向いて、シンポジウムの趣旨を改めて説明し、会議を成功させた経験があり、その二の舞を懸念した次第でございます。幸い、この7年間の日中関係の緊張緩和は著しく、私どもの心配は杞憂に終わりました。
今回のシンポジウムの印象を3点申しあげます。
一つは、今回の訪日団はたいへんバランスのよい顔触れでありました。胡錦涛氏のネットに関する発言を引用しつつ、展江教授は、中国のメディアを三つに分類しました。①党報およびテレビ。これは共産党宣伝部が直接管理しています。②都市報類。これらは、たとえば『南方都市報』が党報である『南方日報』の傘下に置かれているように、党からの間接管理になります。③インターネットは、プロバイダーは管理されていますが、ブログやミニブログ(ツイッター)になると、管理がむずかしい。こうした三段階の管理あるいは検閲が行われています。このうち、①に属するのは、単学剛さんです。
二つは、顔触れのなかで、特に注目を浴びた若手の二人の役割です。張平さんは、いま述べた分類では②に属します。いわゆる都市報を拠点として大胆な活動を展開された代表選手の一人です。「ショートフィルム・クリエイター」という肩書は、おそらくこのパロディ動画を見ない方には、なかなか分かりにくいものと思われます。胡戈青年は、③に属します。ネットのなかで生まれ育った「新人類」であり、無名の若者が映画界の大御所陳凱歌を「笑い飛ばす」「しゃれのめす」話であります。ご在席の企業広告担当の方に提案しますが、胡戈青年にCMを発注されてはいかがでしょうか。斬新な感覚で13億人を引きつけるCMを期待できると思います。(胡戈青年のブログ http://blog.sina.com.cn/s/blog_4888f5070100gay8.html
三つは、中国におけるネットの社会的役割およびこれに対する政府の関与について、若干の討論が行われたことであります。これを考える上で、恰好の素材の一つがグーグル問題ですね。これはGoogle.com(英語、親会社)とGoogle.cn(中国語、中国における子会社)に分けないと議論が混乱します。中国における「検索市場」において「百度」が7割、グーグルが3割という場合、Google.com(英語)を指しています。中国のユーザーは国内がらみのニーズの場合は大部分が中国語で使える「百度」を用いており、少数の英語(あるいは西洋言語)のできるインテリ、企業関係者、政府官僚だけがGoogle.com(英語)を用いており、この構造は今後も変わらないでありましょう。
問題は中国語を媒体とするグーグル・チャイナであります。天安門広場の動画を流したのはこのサイトです。このグーグル・チャイナのシェアは、ほとんど1%程度とといわれており、これはグーグル・チャイナの営業的失敗、市場的失敗に見えます。これについて、グーグル側は、市場拡大に成功しなかったのは、中国当局の検閲制度のため、と弁解する。中国当局は、グーグル・ライブラリーの著作権問題など、グーグル側の協定違反のためだとしています。著作権問題については事情は日本も同じであり、日本ペンクラブや大手出版社連合との間で話し合いがついたと報じられています。これは印税の配分問題なので、交渉でまとめることのできる課題でしょう。
グーグル問題の真の争点は、私見では、検閲制度の問題と思われます。グーグルのメールやアドレス等通信の秘密に関わるデータが流出し、人権活動家、民主化運動家たちの身辺が危ういことで、グーグル・コムは「中国当局の人権侵害に加担した」カドで、アメリカで提訴されていると聞いています。そこでグーグルとしては、この問題においては譲歩できない立場に置かれているとみます。つまり、今日の討論でも問題は提起されながら、論点を深めることのできなかった課題は、ネット管理、ネット規制、検閲制度の分析であります。これは政治改革そのものと深く関わる課題であるために、容易ならぬ課題だと認識しております。尹韻公所長は、「長期的に見れば、ネットの管理はより強められるのではなく、自由な空間はより拡大される」といった趣旨の楽観論を提起されました。なるほど、過去数年の発展の過程で、今日ご発表を伺った張平さんがゴミ焼却場建設をめぐって、「代表されない」(不被代表)というキーワードによって、「世論を真に代表する意見」を提示して成功した話、若いショートフィルム・クリエイター胡戈青年の陳凱歌の権威に対する見事な挑戦など、中国のネットに溢れる巨大なエネルギーを知り得たのは大きな収穫でした。この延長線で「ネット空間の拡大」を予想するのは、一つの見方でありましょう。ただし、私個人は、中国政府はこれまで管理しきれなかった「ブログ、ミニブログ」を含めて、管理・検閲を強化していく可能性を危惧しております。ネットと中国社会の行方は、予断を許さないものと見ております。これは到底短いシンポジウムで扱う範囲を超えており、今後の課題として、さまざまな側面から日中双方で論点を深めていくべきテーマでありましょう。
最後に主催者・後援者側の一人として、関係者にお礼を申し上げます。通訳団のみなさんに感謝します。会場を準備された後援団体経済広報センターのご協力にお礼を申し上げます。日本広告学会、国際善隣協会、日中コミュニケーション研究会、これらの後援団体にお礼を申しあげます。外務省の日中研究交流支援事業の一環として行われたことについて感謝します。最後に、ご多忙のなか、このテーマに関心を寄せられ、熱心に支えてくださった在席のみなさんに熱くお礼を申し上げ、閉会の辞といたします。
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