第72号 2012.11.06発行 by 矢吹 晋
    佐々江外務次官と栗山尚一元外務次官の責任を問う <目次>へ
 猛威を振るった官許反日デモが終わって1カ月余、日中関係は修復への模索が始まったが、中国社会底流での反日意識はますます深まり、さまざまの形で拡大している側面も見られる、と中国在住の知人が教えてくれた。たとえば、いくつかの都市でタクシーに乗ろうとすると乗車拒否に遭う。また三つ星級ホテルでは宿泊拒否に遭う、等々である。むろん、日系のスーパーやコンビニには、元通りに復活したという話も多い。悲惨なのは自動車だ。これは一目瞭然、日本ブランドそのものだから、街頭での攻撃の標的にされやすい。カメラやその他の小物ならば、隠しやすい。ちなみに「無印良品」に至っては、「無印」だから、日本ブランドと知らない者も多い――といった具合に悲喜交々の日中交流が営まれている。


*米国にお伺いを立て、中国と「意思疎通」を行い、失敗した佐々江外務次官*


 『朝日新聞』(10月31日朝刊)が、尖閣を特集した。その一つは、佐々江外務次官へのインタビューだ。

『朝日新聞』 10月31日


 佐々江外務次官(現駐米大使)は、尖閣国有化について、目的は「平穏かつ安定的な維持のためで、政府の判断としてベストという思いだった」と目論見を語り、「米政府は、反対しなかった」。「中国政府とも意思疎通をしていたが、理解を示さなかった」と述べた。
 事柄は日中紛争であるにもかかわらず、まず米国にお伺いを立て、そのあとで中国と「意思疎通」を行い、失敗する。ここには対米従属国・日本外務省のスタンスが端的に浮きでている。米国の顔色をうかがってから、中国と接触するとは、まさしく本末転倒ではないか。
 佐々江次官はまた「尖閣有事の際は日米安保条約に従い出動するとの認識を示した」と朝日は書いているが、これははなはだ疑問である。というのは、尖閣のような島嶼については自衛隊が防衛するのが日米ガイドラインであり、在日米軍が出動する約束にはなっていない。さらに米軍の出動については、米国議会の承認が必要であり、ホワイトハウスが養成したとしても議会が簡単に認めるかどうか疑わしい。
 9月25日付の米議会調査報告Senkaku(Diaoyu/Diaoyutai) Islands Dispute: U.S. Treaty Onligations, by Mark E. Manyin, Specialist in Asian Affairs, Congressional Research Service 7-5700, www.crs.gov., R42761.を読むと、佐々江次官の語る米国の立場とは、相当に距離のある観点から『米議会尖閣報告書』が書かれていることが分かる(この点、後述)。

*三文文士並みの曖昧な証言をする栗山尚一元次官*

 より重大なのは、栗山元次官の証言だ。

 


 栗山尚一元次官は40年前の国交正常化交渉に際して、田中角栄首相に随行し、条約課長として共同声明の原案作成に携わった経歴をもつ。田中・周恩来会談には同席しなかったが、尖閣問題について説明を受けた。「棚上げ、先送りの首脳レベルでの『暗黙の了解』がそこでできたと当時考えたし、今もそう思う」と証言している。さらに「72年の暗黙の了解が、78年に[鄧小平・福田赳夫、園田直会談で]もう一度確認されたのが実態だと理解している」と証言した。これが条約課長、のち条約局長として、外国との約束に責任を負う立場にあった当事者の証言である。
 だが、一連の経緯が二つの日中会談記録、すなわち日中国交正常化交渉記録、日中平和友好条約交渉記録に明記されていない。中国側会談記録としてリークされているものと対比すると、日本側会談記録は明らかに一部が改竄されている。中国側が「暗黙の了解」があったはずだと主張し、日本側がこれを否定するところから今回の日中衝突が起こったが、食い違いの原因の半分は、外務省が正確な会談記録の発表を拒んでいるからだと私は考える。
 当事者の栗山課長は「当時考えたし、今もそう思う」根拠を示す義務がある。それを追及することなく、一見評論家風の感想、印象を述べて事足れりとしているのは、はなはだ不可解であり、それを迫らない新聞は、情報隠しの共犯者と非難されてしかるべきだ。
 栗山の評論家ぶりは、次の解説でますます、明らかになる。
 曰く「中国が棚上げについて『日中間の明確な合意がある』と言うことには違和感がある。同時に「いかなる合意も存在しない」という今の日本政府の立場にも、若干、違和感をもつ」と。
 中国政府の解釈には「違和感をもち」、日本政府の解釈には「若干、違和感をもつ」と、「違和感」の違いで逃げている。ボキャブラリー貧困の政治家ならばいざ知らず、外務省のなかでも秀才ぶりを自他共に認める条約局長が「違和感」で語るとは、一体何を意味するのか。「違和感」で終わるとは、三文文士と変わらない。中国との二つの歴史的会談の記録を恣意的に改竄した結果生じた日中の紛争、衝突の真相を隠蔽するための苦肉の策としか考えられない。「72年に関わった者として憂慮している」と他人事みたいなコメントで結ぶのではなく、「72年に関わった者として」の責任を弁明しなければならないのだ。

*米国が尖閣諸島に対する日本の主権を認めたことはない*

 野田内閣や外務省は、尖閣は日本固有の領土と声高に主張しているが、沖縄返還当時の日本政府の認識は、きわめて曖昧なものに過ぎなかった。その一例を挙げてみよう。
 1971年12月15日、尖閣諸島の隣の久場島と大正島が米軍の射撃場として残ることを追及された福田赳夫外相はこう答弁した。






 「尖閣列島で米軍の射撃場なんかがあってけしからぬじゃないかと、こういうお話ですが、これこそは、すなわち尖閣列島がわが国の領土として、完全な領土として、施政権が今度返ってくるんだ、こういう証左を示すものであると解していただきたい」と。
 福田外相によれば、「わが国の領土」=「完全な領土」=「施政権をもつ」日本政府、という理解である。つまり、完全な領土と「施政権をもつこと」とは、同じものは理解されている。
 ところが、米軍があえて「施政権」に言及したのは、「領土権」「領土主権」とは、異なる概念として意識してのことなのだ。つまり領土≠施政権である。
 この違いは、上の米議会報告書を読むと、はっきりと違いが分かる。
A US Congressional report published on Sep.25, 2012 said Washington has never recognized Japan’s sovereignty over the Diaoyu Isalands (known in Japan as Senkaku).
と明記されている。「ワシントンは、断じて釣魚諸島(日本では尖閣として知られる)に対する日本の主権を認めたことはない」と2012年9月25日に発表された議会報告は述べている。これが沖縄返還協定に際しての米国政府の立場である。福田外相答弁との違いは明らかだ。
 もう一つ。
The report said the US recognizes only Japan’s administrarive power over the disputed islands in the East China Sea after the Okinawa Reversion Treaty was signed in 1971.
 米国は1971年に沖縄返還協定が署名された時に、東シナ海における争いのある諸島に対して日本の施政権だけを認めた、と報告書は述べた。
 米議会報告が1971年の沖縄返還当時、主権ではなく、施政権だけを日本に引き渡したとしていることは、近年ようやく明らかになってきたが、1971年当時の福田外相は、主権と施政権の区別ができていなかったのだ。これは外務省が福田外相を騙したためか、それとも、福田外相は、米国の真意を理解しつつ、あえて国民にウソをついたのか、そこはよく分からない。いずれにせよ、尖閣の主権に対して、米国の立場と日本政府の解釈は明らかに異なる。ここでも外務省の作為が見える。一連の曖昧さが、中国の対日不信を増幅し、日本国民の狭い愛国心を煽動した結果、今回の日中衝突が起こったのであり、われわれは紛争の核心を見つめ直すところから日中の修復を考えるべきである。

以上 

               
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