第92号 2017.10.31発行 by 矢吹 晋
    習近平2期体制を読む注1 <目次>へ
(1)19期政治局常務委員7名(トップセブン)の選出結果
中国共産党第19回党大会は10月18~24日に北京で開かれ、そこで選出された中央委員たちによって25日に政治局委員25名と常務委員7名(いわゆるトップセブン)の顔触れが選出された。習近平2期体制のトップセブンの陣容およびその職務分担は、①習近平=総書記、②李克強=国務院総理、③栗戦書=全人代委員長、④汪洋=全国政協主席、⑤王滬寧=イデオロギーと宣伝担当、⑥趙楽際=紀律検査委・政法委員会書記、⑦韓正=国務院常務副総理、である。職務分担は、常務委員としての序列から、判断したものだが、明2018年3月の全人代および全国政協会議を経て、正式に決定することになる。
 大会に先立つ2017年8月末に、私が予想した陣容と職務分担は以下のものであった。①習近平=総書記、②李克強=国務院総理、③栗戦書=全人代委員長、④汪洋=全国政協主席、⑤趙楽際=紀律検査委・政法委員会書記、⑥陳敏爾=宣伝担当、⑦胡春華=国務院常務副総理、である。一見して明らかなように、私が予想した陳敏爾と胡春華の常務委員昇格はならず、代わりに王滬寧と韓正が昇格した。7名のポストのうち当たったのは5名だから、勝率7割だ。分担ポストから見ると、同じくイデオロギー宣伝担当(王滬寧)と国務院常務副総理(韓正)の人選を間違えたので、勝率はやはり7割になる。

図1

(2)王岐山「留任」と見た日本メディアの誤報
 では、日本のメディアの予想はどの程度当たったか。総じて惨憺たる見込み外れというべきである。典型的ケースを挙げよう図1の写真は、NHKが大会初日18日夜9時のニュースウォッチで映した図である。この図のうち、王岐山は「留任?」と説明された。留任か退任か、未だ不明という解説であった。陳敏爾(重慶市書記)については「2階級特進」して常務委員昇格が実現するかどうかが見どころと解説された。結果から明らかなように、両者共に見込み外れ、大きな判断ミスである。NHKに限らず、日本の主流メディアは、人事予想の核心として、王岐山の留任問題を大きく報じ続けて、それは大会初日まで、否、事後の解説の開き直りまで続き、今日に至る。反省は皆無だ。
 王岐山が虎退治に辣腕を振るい、薄煕来(当時政治局委員)、令計画(当時、中央弁公庁主任)、徐才厚(軍副主席・政治工作担当)、郭伯雄(軍副主席・軍令部門担当)ら超大物を摘発して、習近平体制作りに大きな貢献を果たしたことは周知の通りである。私自身はその反腐敗闘争を高く評価して『中共の爛熟腐敗』(蒼蒼社、2014年11月、高橋博との共著)を書いて、紹介した。その際に、王岐山は常務委員2期目であり、「七上八下」の潜規律からして、今期をもって退任するので、最後の大仕事に全力を投入している。しかも王岐山夫婦には、実子がなく、子孫が政敵によって報復を受けることもないので、後顧の憂いなしにこの大事業に取り組めるのだという巷間の声も紹介しておいた。
 ところが日本メディアの解釈は、私の解釈とはまるで逆に、王岐山の政敵追放は、それを通じて自らの常務委員3選を工作するもの、しかもそれは「習近平3選へと道を開くことを意図したもの」と解釈し、それを大会初日まで続けた。これは異様な、異常な姿と評すべきだ。私見によれば、いわゆる「七上八下」(政治局院委員を選ぶに際して、満68歳を超えた者は昇格対象者から外す。68歳未満の者に限定する)の方針は、1992年以来今日まで5期25年にわたって実行され、いまでは固い慣行と化しているので、王岐山留任問題はそもそもありえない思いつきであった。私が根拠としたのは以下の3枚のリストだ。


表1 江沢民指導部(14期および15期)





氏名 1992年齢
(就任時68未満の入口制限)
1997.09(予) 生年
14期1992-1997 江沢民 65歳11月就任 70歳再任 1926.08
李鵬 63歳9月就任 68歳再任 1928.10.
喬石 67歳7月就任 67超えて引退 1924.12
李瑞環 57歳10月就任 62再任 1934.09
朱鎔基 63歳9月就任 68再任 1928.10.
劉華清 75歳9月 引退 1916.10.
胡錦濤 49歳7月就任 54再任 1942.12





1997年齢 2002.11(予) 生年
15期1997-2002 江沢民 70歳11月再任 75歳引退
(2期10年)
1926.08
李鵬 68歳9月再任 73引退 1928.10.
朱鎔基 68歳9月再任 73引退 1928.10.
李瑞環 62歳10月再任 67引退 1934.09
胡錦濤 54歳7月再任 59再任 1942.12
尉健行 66歳6月就任 71引退 1931.01
李嵐清 65歳2月就任 70引退 1932.05


表2 胡錦濤指導部(16期および17期)



1期
2002年齢 2007.10(予) 生年
16期2002-2007 胡錦濤 59歳7月主席就任 64再任 1942.12
呉邦国 61歳0月就任 66再任 1941.07
温家宝 59歳10月就任 64再任 1942.09
賈慶林 62歳4月就任 67再任 1940.03
曾慶紅 63歳0月就任 68引退 1939.07
黄菊 63歳10月就任 68引退 1938.09
呉官正 63歳11月就任 68引退 1938.08
李長春 58歳5月就任 63再任 1944.02
羅幹 67歳0月就任 72引退 1935.07



2期
2007年齢 2012.11(予) 生年
17期2007-2012 胡錦濤 64歳7月主席再任 69引退
(2期10年)
1942.12
呉邦国 66歳0月再任 71引退 1941.07
温家宝 64歳10月再任 69引退 1942.09
賈慶林 67歳4月再任 72引退 1940.03
李長春 63歳5月再任 68引退 1944.02
習近平 54歳1月就任 59歳再任 1953.06
李克強 52歳0月就任 57歳再任 1955.07
賀国強 63歳9月 68歳引退 1943.10.
周永康 64歳7月 69歳引退 1942.12


表3 胡錦濤指導部(17期および18期)





2012年齢 2017.10(予) 生年
18期2012-2017 習近平 59歳就任 64再任 1953.06
李克強 57歳就任 62再任 1955.07
張徳江 66歳就任 71引退 1946.11
兪正声 67歳就任 72引退 1945.04
劉雲山 65歳就任 70引退 1947.07
張高麗 66歳就任 71引退 1946.11
王岐山 64歳就任 69引退 1948.07





2017年齢 2022.10(予) 生年
19期2017-2022 習近平 64再任 69引退必至
(2期10年)
1953.06
李克強 62再任 69引退必至 1955.07
栗戦書 67就任 72引退 1950.08
汪洋 62就任 67再任可能 1955.03
王滬寧 62就任 67再任可能 1955.10.
趙楽際 60就任 65再任可能 1957.03
韓正 63就任 68引退 1954.04


 3枚の常務委員リストを点検すれば明らかなように、1997年11月の第15回党大会において、当時70歳の江沢民が常務委員に再任されたのを唯一の例外として、これら5回にわたる党大会において68歳に達した者が選出された例は皆無だ。第15回党大会において、江沢民によって「七上八下」が破られたのは、この年の2月に元老鄧小平が死去したこと、ポスト鄧小平期の政治の安定に誰もが不安を感じていたことを奇貨として、江沢民が「居座り」を画策して成功したものだ。それだけではなく、江沢民は2002年に引退する際に常務委員枠を2名増員して9名に増やし、常務委員会で多数派を形成する態勢を整えて引退し、引退後は彼ら代理人を通じて「院政」を実行した。こうして江沢民は2期10年に加えて、後継の胡錦濤の2期10年、都合20年にわたって、中共指導部に君臨した。それが何をもたらしたかは、すでに明らかだ。薄煕来、周永康、徐才厚、郭伯雄に続いて、下の表4にリストアップされた中央委員級の高級幹部が相次いで「落馬」した。
 ここで習近平が盟友王岐山の力を借りて、「虎退治、蠅叩き、狐狩り」を断行したとき、すべての根源が江沢民に帰着する事実を冷静に認識していたはずだ。とはいえ、すでに引退した江沢民まで責任を追及することはしない。これが大局の安定を重んずる習近平らの政治的知恵だ。


表4 厳重規律違反者


(3)「北京発大誤報」の根本的認識を嗤う
いずれにせよ、私はこの3枚のリストを丹念に見比べながら、このリストから得られる教訓をまるで無視したかのような日本メディアの憶測オンパレードを冷笑しつつ、10年ごとに繰り返される「北京発大誤報」を整理してみた。今回の特徴は、以下のごとくである。

➊ 王岐山留任論。
 これを書き続ける記者や「識者」たちは「七上八下」の潜規律が理解できていない。それだけではない。中国の定年は女性50歳、幹部女性55歳である。この定年を延長する計画はあるが、いまだ実現していない。男性の定年は60歳で、閣僚級(次官を含む)は65歳であり、これは比較的厳守されている。この男女定年制度を基礎として、例外として67未満の者を政治局委員および全人代、政協の幹部に選ぶ「潜規律」が鄧小平時代以来、「七上八下」(67歳は昇格可、68歳は昇格不可)が潜規律になっている。日本のチャイナ・ウォッチャーは、この「潜規律」の意味を理解できない。単に中央委員会あるいは政治局の決議によってあっさり変更できると誤解している。多分、我国の与党内閣が恣意的に任期を決めているのを見て、中国は日本以上に独裁的であろうと見たのであろう。すなわち習近平が「独裁権力」を獲得したからには、それを実行しないはずはない、と確信したものか。いわゆる習近平独裁とは、「集団指導制の枠内」での「リーダーシップ強化」という話であり、習近平の権力には限度のあることを認識すべきだ。2012年に習近平が総書記に就任した当時、日本では「中国共産党史上、最も弱い総書記の誕生」と揶揄する書物が出たことを忘れてはならない。ところがまもなく、一転して彼らは前言を翻して、「習近平独裁、習近平一強」を語り始めた。「最弱」から「一強」へ、独裁体制ができたからには、その狙いは「三選にあり」、こうして習近平三選論が現れた。ヘリクツはヘリクツを呼ぶ。みずからの三選のためには、そのテストケースが必要だ。すなわち「王岐山三選」という先例だ。こうして王岐山留任論が日本のほとんどすべてのメディアを席捲した。この憶測に自ら緊縛された日本メディア界は、10月18日大会初日夜のNHKニュースウォッチまで、否、大会を経て王岐山引退が確認されてからも、謬論を改めていない。
 恥の上塗りをテレビの前で堂々と演じたのは、王岐山が去った後の事後解説者たちである。今回の代表的狂言回し役者は興梠一郎教授(神田外国語大学)である。曰く、習近平は、「最後まで王岐山留任を画策したが、成功しなかった」。それは「在米の郭文貴が王岐山の不正を暴露したためだ」。郭文貴が王岐山の不正を告発したことによってダメージを受け、留任が不可能になった。興梠はこの趣旨を10月25日夜、テレビ朝日の報道ステーションで語った。実に見苦しい弁明だ。もともとありえない「留任説」を書き立てて、これが事実によって覆された後、留任が「実現しなかった理由、背景」をもっともらしくしゃべりまくる。典型的なマッチホンプの開き直りである。興梠はテレビの前で、結果が出たあとに悔しそうに強調することによってド阿呆ぶりを天下にさらした。
 ちなみ、興梠はAIIB問題においても、「参加せず、模様眺めせよ」とNHKで語り、安倍政権に迎合する御用学者ぶりを発揮した前科をもつ。注2 彼は商社出身だから、AIIBの創設に参加しないことの不利を理解できないはずはない。にもかかわらず、私利私欲のために御用テレビで御用論説を語る。この種の低俗評論家によって、日本のテレビ界、世論はミスリードされ続けている。『朝日新聞』の連載記事で同じ論理を繰り返したのは、北京駐在の延与光貞記者である。この記者もかなりレベルが低い素人だ。一知半解が随所に露呈している。北京に駐在しながら、香港紙の解説記事を要約して、身勝手な解釈を付している。これでは北京駐在記者の意味はどこにあるのか、疑われよう。
 もう一度繰り返す。もともとありえない「王岐山留任」を語り続け、その過ちが現実の事態によって暴露されても、依然改めない。今度は「留任が不可能になった理由」なるものを挙げて、お茶を濁す。これが公共放送NHK、それに追随したテレビ朝日の中国報道の核心であり,他社も五十歩百歩、大同小異だ。NHKは郭文貴の固有名詞に触れず、「在米の富豪」とぼかした。テレビ朝日は、郭文貴のビデオと肉声録画を長々と流して王岐山の不正を印象づけた。これが「NHK的良識」と「民間テレビ流センセーショナリズム」の違いであり、目くそ鼻くその違いにすぎまい。
 NHKはさらに25日夜、「中国取材10年余」を謳う藤田正洋記者に、王岐山引退を解説させたが、聴くに堪えない愚論であった。中国政治の奥行きをわずか「10年余」で理解できると錯覚するNHK中国報道陣の劣化は救いがたいものがある。これで公共放送とは、笑わせる。私はここで記者の無知を笑い飛ばすがその元凶は、政治経済関係の事実上の断絶と誇張できるほどの日中間の深淵だ。中国を敵国扱いし、その封じ込めを図る日本政府の走狗の役割しか演じない記者たちを中国側が敬遠するのは当然ではないか。かくて取材ソースを断たれた記者たちは、臆面もなく憶測を繰り返すことになる。記者たちが伝えなければならない真実とは、憶測に憶測を重ねた虚偽報道ではあるまい。不幸な政治関係のもとで、ニュースソースにアクセスできていないという「報道現場の真実」を正しく国民に訴えることであろう。それとは逆に政権に迎合するマスコミ幹部の顔色を伺い、それに迎合する社内向けの記事を書き続けている。そのようなスタンスが露呈されただけのことだ。病は重い。注3

➋ 習近平「三選」「三選準備論」。
 彼らには「2期10年」の国家公務員規則が理解できていない。党幹部について、一政党の事柄として細則を欠いている部分がある。しかしながら、国家公務員規則では、漏れなく細則がある。そしてここが重要だが、「党側の規則が特に規定されていない場合」は、「国家公務員規則を準用すること」が定められている。たとえば閣僚や副総理、総理級のポストは「1期を5年とし、2期10年を限度とする」ことが明記されている。そして「党が国務院を指導する」という建前とは一見矛盾するような事態だが、党幹部制度は裏から見ると、国家幹部制度と表裏一体であり、ここでは「国家幹部の制度が党幹部にも準用される」のだ。これが中国の政治体制の骨幹をなす党=国家構造の中核なのだ。しかしながら、この事実を明記した政治研究者の書物は見当たらない。研究者も劣化が進んでいる。
 
➌習近平「党主席」復活論。
 国家主席劉少奇と党主席毛沢東という二つの主席ポストが二重権力化した失敗に鑑みて、中国は国家レベルの「主席ポスト」と党レベルの「総書記」ポストを一身に兼ねる形態を選んだ。この歴史を顧みるとき、「党主席」ポストの復活論は、ほとんど鉄の壁だ。単なる思いつきを軽々しく語るのは素人にのみできる芸当であろう。
 
➍ 常務委員5名削減説。
 「江沢民が2名増員」して自派を増やし、「胡錦濤が7名に戻した」。習近平は胡錦濤に倣って5名に削減するかもしれない。常務委員数を増やしたり、削減することによって多数派工作を行うとは、現に行われた事実はあるが、それがいかなる腐敗の温床となったかを反省して習近平の反腐敗闘争が展開されていることの意味に不感症な者だけが,この種の思いつきにとりつかれる。
 
➎李克強の地位。
  習近平が党の核心として自らを突出させたとき、李克強の地位が危うい、失脚ではないかとの観測が広範に広まった。私は当時、これは「習近平の地位が上がった」のであり、「李克強の地位には変化がなし」と分析した。すなわち中国史の伝統では、「皇帝と宰相」の関係になる。「皇帝」毛沢東と「宰相」周恩来の関係を踏まえた「党高政低」構造の明確化である、と論じた。注4
 
(4)王滬寧と韓正はなぜ常務委員に昇格できたのか
 王滬寧と韓正はなぜ常務委員に昇格できたのか。その背景を考えてみよう。
 王滬寧は1955年10月生まれで、今年62歳だから、2022年66歳、2期可能な年齢である。王滬寧の原籍は山東省莱州だが、本人は上海生まれで名門復旦大学で政治学を教えていた。政策提案に巧みなところを買われて、江沢民時代の「三つの代表」論や胡錦濤時代の「科学的発展観」などの理論づけを行い、それぞれの党大会における政治報告起草の重要な指南役を果たした。その役割は習近平時代も続き、2012年には政治局委員に抜擢され、中共中央政策研究室主任になった。2017年4月の習近平訪米には、汪洋、栗戦書、楊潔箎、房峰輝らとともに随行した。注5 これに限らず、習近平の主な外遊には、すべて随行している。
 モノカキ、文書作成のプロがなぜおもてに登場したのか。現代中国は21世紀にはいるや一気にグローバル経済下の中国経済に変身する大発展を遂げて、文字通り世界経済の中の中国経済に転化した。この経済力をベースとして、政治面でも、軍事面でも、中国は一気に世界に躍り出たので、過去の政策との整合性を保ちつつ、21世紀の国際政治経済、安全保障の問題に取り組むのは容易ではない。舞台裏でポリシーを練り上げ、それを舞台上の習近平に届ける形では、対応に遅れを生ずるケースがしばしば起こる。かくなる上は、習近平の影武者のように,いつも身近なところからアドバイスを行う知恵袋が不可欠だ。このようなニーズに答えるために、そしてそのアドバイスに権威性を付すためには、裏舞台の政策プランナーの地位から表舞台の政治家の地位を与えておくほうが、対外折衝も含めて便利だ。
 私見では、21世紀国際社会で中国の直面する複雑多岐にわたる問題に即座に対応する必要上、本来ならば舞台裏で活躍すべき役割の人物を表て舞台に押し出し、権威付けを与えたのではないかと解している。

 上海市書記としての経験をもつ韓正は、常務副総理として李克強総理を支えるのは、穏当な人事とみてよい。
  いま21世紀中国の直面する国際問題に言及したが、その内容はズバリ、対トランプ対策およびその系としての対北朝鮮対策である。これが中国から見ていかに深刻かつ重大な問題であるかについて、日本の認識は極度に浅く、物事を理解しているとは到底いえない。
 
(5)楊潔箎が政治局員に起用された理由
私は時事通信のインタビューにこう答えた。

◎対米・北朝鮮、「一強」で結束
 矢吹晋・横浜市立大名誉教授(中国政治)の話 
 政治局常務委員会入りするのではないかと思われた次世代の胡春華氏と陳敏爾氏は選出されなかった。これは習近平共産党総書記が2期目以降を考える余裕がなく、これから5年間の問題に集中する意思の表れだ。習氏の判断理由には、全く先が読めない国際情勢がある。一つは米中関係だ。米中間の対話のチャンネルはさまざまあるが、トランプ大統領との関係は読みにくい。外相経験者で67歳の楊潔箎・国務委員を政治局員として起用したのも、明らかに米国対策だ。楊氏は米国との強いパイプを持っている。彼は外交部に就職して以来、一貫して当時の在中国米国事務所所長を務めていたブッシュ(父)にフルアテンドして、その人脈はブッシュ(子)にもつながり、圧倒的な米国人脈をもつ。誇張すれば、楊潔箎は外交部米国局とワシントン中国大使館勤務を往復するだけで、外交官人生を終えた特異な経歴をもつ。そのような米国通に権威付けして対米折衝に当たらせるためと見てよい。もう一つは北朝鮮問題だ。中国との関係が深かった金正恩朝鮮労働党委員長の叔父・張成沢氏と異母兄・金正男氏が殺害され、不在となった今、中朝関係は猛烈に悪い。習氏は金正恩政権をつぶすしかないと思っているはずだ。その際に米国と組むべきだという人たちと、それを否定する人たちとの間に激しい対立が政権内にあり、大きな問題になっている。重大な北朝鮮対応で政権内を一本化するためにも、習氏の「一強」で結束する必要がある。(胡、陳両氏など)若手を入れたかったが、その余裕がなかった、と見るべきだろう。(了)

 王滬寧と韓正が常務委員に昇格して、習近平の側近陳敏爾と胡錦濤が抜擢した胡春華が常務委員に昇格できなかったのは、陳敏爾や胡春華の後継者としての地位に変化が生じたものではあるまい。5年後の後継者選択に取り組む前に、当面する喫緊の課題がある。すなわち北朝鮮対策と対米協力問題である。その一端が果たして暴露されている。

(6)対米政策をめぐる賈慶国v.s.朱志華の大論争
 北京大学国際関係学院院長の賈慶国教授がEast Asian Forumなる英文サイト注6 に「Time to prepare for the worst in North Korea」(北朝鮮の最悪の事態に備えるべき時)と題した短文を発表した。彼は韓国に招かれてシンポジウムで発言した要旨をまとめたのである。時期は9月11日、北朝鮮による大型水爆実験の直後であった。トランプが北朝鮮に対する軍事作戦に言及して、あらゆる選択肢を検討していると繰り返し述べているのは周知の通りである。この軍事作戦に中国はどのように対応するのか。
 賈慶国の答は単純明快、中国はトランプ作戦を全面的に支持せよ、というものである。すなわち米国の軍事作戦に協調する行動を中国は採用すべきだとする主張である。半世紀昔の朝鮮戦争においては、中ソ軍事同盟に依拠して米帝国主義と戦ったが、今回は米中が協力して、北朝鮮のハードクラッシュを避けるべきだという提案だ。北京大学国際関係学院を創設した初代院長は王緝思である。彼は中国社会科学院米国研究所所長の地位から、母校の北大に戻り、米中関係についてForeign Affairs等注7 に積極的な提案を行ってきたことで知られる。こうした経緯からして、北京大学国際関係学院の政策提言者としての権威性は明らかだ。しかもこの賈慶国提案に対してブッキングズ研究所のジェフリー・ベーダー(前ハワイトハウス・アジア部長)がこれに呼応したコメントを同研究所のホームページに発表し、中米両国のシンクタンク間の阿吽の呼吸を示唆している。
 ところで、この賈慶国提案に猛然とかみついたのが朱志華・浙江省国際関係学会副会長である。朱志華は賈慶国を「虎(米国)のために、手先となるものだ」と猛烈にこきおろしている(「評賈慶国在朝核危機問題上的一派胡言」)。これに対して賈慶国は「回応朱志華先生対我的攻撃、有理不在声高」で反論した。ブログ千鈞棒は「賈慶国は虎(米)のために走狗となるものだ」(2017年9月21日)と賈慶国をこきおろしている。


補足 東亜日報・北朝鮮核とTHAADへの対応をめぐり中国内部で論争
http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/1064528/1 Posted September. 18, 2017

賈慶国・北京大学国際関係学院院長が9月9日、中国評論通信社とのインタビューで、「北朝鮮が日本の上空を通過する弾道ミサイルを発射したにもかかわらず、中国外交部は『双中断』(北朝鮮の核・ミサイル挑発と韓米合同軍事演習の同時中止)と「双軌並行」(韓半島の非核化プロセスと米朝平和協定)を(北朝鮮核解決の)突破口と主張している」とし、中国政府の公式立場を強く批判した。 そして、「北朝鮮が中国の努力を無視して核開発を加速化しており、米国の先制攻撃につながるか、北朝鮮の政治危機が一触即発の状況を招くだろう」とし、「中国は韓半島の戦争の可能性を認め、米国や韓国と調整を始めて備えなければならない」と強調した。
 すると朱志華・浙江省国際関係学会副会長は9月11日、寄稿文を通じて、「(賈氏の考えは)韓半島の危機の責任が北朝鮮と中国にあるということであり、決して韓半島で戦乱が起きてはならないという中国指導部の戦略的マジノ線とかけ離れ、指導部の戦略的決定をかく乱させている」と反論した。 これに対して賈氏は15日、「声が大きければ道理に合っているというわけではない」と題する文で、「北朝鮮の核兵器開発は中国の安保に深刻な脅威であるにもかかわらず、朱先生は北朝鮮を無条件に保護する立場なのか」と問い返した。 両学者の攻防が加熱し、一般のネットユーザーまで攻防に加勢している。 北朝鮮の核および高高度迎撃ミサイルシステムの問題をめぐって、中国内の主流の保守学者と開放的な進歩学者の間で意見の相違が露呈したのは昨日今日のことではない。
 主流の保守学者は、中国の中央政府の公式の立場を支持したが、賈氏をはじめ沈志華・上海華東師範大学教授などは北朝鮮の核開発を非難し、中国政府のTHAAD報復を批判した。 中国共産党中央党校の張璉瑰元教授や南京大学の朱鋒教授なども、「THAADで中韓関係が悪影響を受けてはならない」とし、中国政府を暗に批判した。
 張璉瑰氏は、「米国の北朝鮮に対する先制攻撃があっても、中国は介入してはならない」とまで主張した。 賈氏は共産党員でなく無党派だが、全国政治協商の常務委員であり中国学界で十指に入る学者で、中国政府も無視できない人物だ。
 その賈氏の平素の主張を保守学者が反論するよう中国政府が黙認したということはただ事ではない。
 特に、来月18日に開かれる中国共産党第19回全国代表大会を控えてそうしたのは、中国共産党が第19回党大会後も北朝鮮の核およびTHAADに対する従来の政策の骨子を変えないということだ。 しかし、北朝鮮の核開発が完成に近づくほど、また、米国で北朝鮮に対する先制攻撃の声が高まるほど、中国内の学者間の論争は大きくなるほかない。
 だからといって北朝鮮の核およびTHAADに対する中国政府の基本政策が変わることは容易でない。 習近平主席が「中国の核心利益を侵害する」と何度も強調したうえ、北朝鮮を戦略的資産と考える中国の韓半島戦略が簡単に変わることは難しいためだ。 しかし、党大会を控えた学者間の論争は、中国共産党と政府に相当な重荷として作用するほかない。 韓国政府がこれを注視して活用する対策を立てなければならない理由だ。


(7)習近平2期体制の喫緊の課題は対米、対北朝鮮問題である
 中国でなぜこのような論争が起こっているのかについて、日本のメディアは極度の不感症に陥っている。それは日本国内の支離滅裂な対北朝鮮無策が改められないことを反映している。
 北朝鮮の核が米国西海岸に届くほどにミサイルや核弾頭の小型化を進めるうえで、一定の時間を要することは明らかだ。しかしながら、その核が狙うのは米国とは限らない。沖縄や東京は当然射程内にあるし、いつそこに向けられても不思議ではない。米軍の斬首作戦に日本が参加する、あるいは支持すると表明している以上、相手側が攻撃基地を攻撃するのは見やすい思惟道理ではないか。中朝関係の現状からすれば、北朝鮮の核が北京を標的とすることもありうる。張成沢や金正男の暗殺は、それに備える予防措置の一環と解すべきであろう。これが中朝関係の一つの断面だ。中朝間はここまで冷えきっており、敵対関係はいつ爆発してもおかしくはない。そのような緊張を踏まえてトランプの中国訪問が11月に予定されている。中国はトランプをどう迎えるのか。そこを事前に読み切り、金正恩は北朝鮮と中国を結ぶ太い人脈(張成沢、金正男)をすでに処分している。注8
 このような大問題が焦眉の急ならば、習近平が「5年後」を予定する前に、当面の5年に全力を集中しなければならないのは、火を見るよりも明らかではないか。日本では北朝鮮に由来する「国難」を利用して、衆院選挙に勝ち、これを自慢げに副首相麻生が語る。注9Jアラートなるもので危機を煽りつつ、日本海に面して林立する原子炉の危険性は口をつぐんで再稼働を急ぐ。もはや精神分裂症と呼ぶべきか、認知症なのか。習近平2期体制は対米、対北朝鮮という喫緊の課題に直面している。その態勢作りを横目で見ながら、その意味をまるで理解できないチャイナ・ウォッチャーたちにいかなる社会的意味があるか理解に苦しむ。この機会に猛省を促す次第である。



(付1)NHKの中国報道についての公開質問状
1 .2012年10月から2017年10月の間に、王岐山常務委員の留任あるいは残留に関して、NHKはどのような報道を繰り返したかを明らかにされたい。
2 .中国共産党のいわゆる「七上八下」なる潜規律についての認識を明らかにされたい。
3 .王岐山常務委員は「三期留任」も「残留」もなしに引退したが、この事実をどのように報道し解説したかを明らかにされたい。
4 .王岐山留任説はどのような取材に基づき、何を根拠としてこの認識を得たのか、このような報道をなぜ繰り返したのか、その理由を明らかにされたい。
5 .矢吹の半世紀に及ぶ研究に基づけば、王岐山留任説は、根も葉もない単なる憶測に過ぎず、矢吹はその主張を繰り返して来た。NHKは憶測(のみ)に基づいて、中国報道を続けたと見受けられるが、世論をミスリードした責任をどう認識しているのか、見解を示されたい。
 横浜市立大学名誉教授矢吹晋
 
(付2)『ニューズウィーク』長岡義博編集長の世迷い事
 『ニューズウィーク』(日本語版2017年10月27日)は長岡義博編集長による「中国共産党大会、メディア「人事予測」の成績表」なるものを掲げている(下図)。

 しかしながら、この分析、採点表は、ルールを何も知らない者による素人の欠陥に満ちている。
 長岡曰く、中国政治の奥の院である「中南海(共産党要人が暮らす首都・北京中心部のエリア)」を取材するのは極めて難しい。特に習体制になってから情報統制が強まった。政治局常務委員はもちろん、その下の政治局員、さらにその下の中央委員といった政策決定に携わる幹部への取材はほぼ不可能になっている。「中南海の要人に取材するのは到底無理」と、日本メディアの元北京特派員は本音を漏らす。数年前まで、毎年春に開かれる全国人民代表大会の冒頭に示されるGDP成長率の目標値を公表当日までにスクープするのが日本人記者の大きな仕事の1つだった。それもここ数年、すっかり見られなくなっている。そんな中、8月24日にいち早く常務委員7人のリストをスクープして世界を驚かせたのが読売新聞だった。リストには次世代リーダー候補と言われた陳敏爾、胡春華の2人が含まれていた。28日には毎日新聞も「『ポスト習』に陳氏内定 常務委入り」と報道。しかし、結果的にいずれも誤報だった。朝日新聞が常務委員の人選を記事にしたのは、党大会開催が迫った10月12日。7人に絞り切れず、胡や陳を「可能性」ありとしてリストに入れた。結局正確なリストを報じたのは、党大会閉幕(25日)当日の朝刊で「同着」した産経新聞と日経新聞だった」。

 この記事を書いた長岡はズブの素人であり、情報の意味を読みきれていない。
 8月24日読売、28日毎日が書いたリーク源はたぶん同一であり、この時点では、ここに書かれた7名が原案として各方面に検討のために流されたものと推測してよい。しかしながら、この原案は、9月末までに、陳敏爾と胡春華が王滬寧と韓正に差し替えられた。それはさまざまの意見が原案を作成した中央組織部に届いたからであろう。そこで決定的なファクターになったのは、王滬寧と韓正を権威づけて、実務の指導方針を速やかに決定する上で必要な人材動員として必須と認識されたからと矢吹は推測する。ここで重要なのは、差し替えられた陳敏爾と胡春華に何か問題が生じたからではあるまい。これから5年間に予想される事態に対処するうえで、若い二人よりもベテランの二人が実践的に役立つという判断と思われる。この5年を乗り切れば、多分、年齢歴基準からして留任可能な汪洋、王滬寧、趙楽際を中心に、陳敏爾、胡春華を加えて5名、さらに今回政治局入りしたメンバーから二人を加えた7名が2022年に差額選挙方式で選ばれよう。

氏名 地位 2022年
年齢
2022年
常委昇格可能性
习近平  常委 69歳、引退
李克强  常委 67歳、引退
栗战书  常委 72歳、引退
汪洋  常委 67歳 再任
王沪宁  常委 67歳 再任
赵乐际  常委 65歳 再任
韩正  常委 68歳、引退
许其亮  委員 72歳、引退
孙春兰  委員 72歳、引退
杨洁篪  委員 72歳、引退
张又侠  委員 72歳、引退
王晨  委員 71歳、引退
刘鹤  委員 70歳、引退
杨晓渡  委員 69歳、引退
陈希  委員 69歳、引退
郭声琨  委員 68歳、引退
李希  委員 66歳 昇格可能
李鸿忠  委員 66歳 昇格可能
陈全国  委員 66歳 昇格可能
蔡奇 委員 66歳 昇格可能
黄坤明  委員 65歳 昇格可能
李强  委員 63歳 昇格可能
陈敏尔  委員 62歳 昇格可能
丁薛祥  委員 60歳 昇格可能
胡春华  委員 59歳 昇格可能
引退13名 昇格可能は9名


 しかも、それは、政治局委員25名中、引退者13名を除く12名を対象として候補を絞り、複数候補から7名を選ぶ形を採用することによって、今回までは中央委員レベルまでしか行われなかった8%の候補が落ちる「差額選挙制」を政治局委員レベルまで拡大する形になる。陳敏爾、胡春華を候補として店晒ししつつ、王滬寧、韓正の昇進を先行させた真の理由は、この辺りに見出されるかもしれない。
 これらは5年後には明確になる話だ。若手昇進を断念したのは、「習近平三選の思惑のため」と論じた識者たちの顔触れを読者はしかと記憶してほしい。そして5年後に採点してほしい。
 なお産経や日経が25日の前夜に7名を的中させた、などと書くのは論外である。多分トップセブンの二人を差し替える修正は9月中に完了していた。その経緯を解明してこそスクープの価値がある。25日決定前夜に「当てた」などと評価するのは、ほとんどカンニングに近い。18日の大会前夜には香港の主なメディアは7名をすでに報じていたのであり、この事実を知らない素人の評価は無意味だ。
注1 これは2017年10月19日および27日に国際善隣協会において行った講演、および10月28日に神奈川県日中友好協会で行った講演の要旨を整理したものである。
注2 矢吹は日本政府のAIIB無視政策を批判して、「AIIB不参加で世界の孤児となる日本」(『中国情報ハンドブック2015』蒼蒼社、2015年)を書いた。
注3 Reporters Without Borders (RSF), for freedom of information (https://rsf.org/en/ranking) によると、2017年の世界報道の自由度ランキング調査で、日本の順位は世界180カ国中72位であり、安倍内閣のもとで年々順位が低下している。
注4 矢吹晋『習近平の夢』蒼蒼社、2017年、223頁、「党高政低というパターン」を参照されたい。
注5 矢吹晋『習近平の夢』1頁、「米中海湖庄園の会談2017年4月」を参照されたい。
注6 http://www.eastasiaforum.org/
注7 https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2011-02-20/chinas-search-grand-strategy
Wang Jisi,China's Search for a Grand Strategy :A Rising Great Power Finds Its Way, March/April 2011 Issue.
注8 矢吹『習近平の夢』262頁。
注9 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO2275909026102017PP8000/「北朝鮮のおかげ」麻生氏が発言 衆院選勝利で2017/10/27付日本経済新聞 朝刊

               
<目次>へ戻る