馬成三の談『中』説『日』 第2号
 2006.05.25発行  静岡文化芸術大学教授
馬 成三
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「無知少女」

もてる「無知少女」
 中国社会では最ももてる層には、「無知少女」があるそうだ。
 筆者は、数年前、北京のある大学で教授をしている知人が、誇らかに「わたしは『無知少女』だ」という自己PRを聞いて、その少女らしくない顔を見ながら思わず「『無知少女』ってなに?」と聞いたことがある。
 彼女の説明では、「無知少女」とは、「無」「知」「少」「女」という条件を備えている人を指すという。
 「無」は無党派または民主諸党派のこと。「知」とは博士号または副教授以上の学術資格を持つ高級知識人のこと、「少」は少数民族のこと、「女」は女性のこと。
 中国では各級の人民代表大会や政治協商会議があるが、その代表または委員候補として「無」「知」「少」「女」は一定の比率を占めることが求められている。もし一人の人間が「無」「知」「少」「女」という四つの身分のうち、複数の身分を揃えるならば、人民代表大会や政治協商会議の代表または委員候補になる可能性がぐんと上がるそうだ。
 「無」「知」「少」「女」の価値は、その組み合わせにある。単なる「無」または「女」は意味がない。無党派(共産党員でない)の「民工」や普通の女性は特別な優遇どころか、差別を受けるケースも少ないのが現状だ。しかし、「無」、「女」は「知」と結び付けたら、質的な変化が起こるのだ。これに「少」を加えるならば、その貴重さは増幅する可能性もある。
 日本では無党派層は与野党の争奪対象となっているが、中国でも「知」と「無」を持ち合わせた層が重宝されるようになったようだ。
 
存在感を増している民主諸党派
 日本のマスコミは、よく中国のことを「一党独裁」と称しているが、実際、中国には共産党のほか、「参政党」として八つの民主諸党派がある。中国国民党革命委員会、中国民主同盟会、中国民主建国会、中国民主促進会、中国農工民主党、中国致公党、九三学社、台湾民主自治同盟がそれである。
 これらの党派はいずれも共産党政権が出来た以前、国民党政権の独裁・腐敗に反発し、共産党に同情する立場を取っていたもので、共産党の「友党」として新中国の臨時憲法と呼ばれる「共同綱領」の制定(新中国成立直前の1949年9月第1期政治協商会議で採択)に参加した。「反右派闘争」(1957年)や「文化大革命」(1966~76年)で、指導層を含む民主諸党派の多くのメンバーは迫害を受けたが、改革開放政策の実行を旗印とした鄧小平時代に入ってから民主諸党派も復権を果たした。
 民主諸党派は高級知識人を構成メンバーとし、海外にも太いパイプを持つという強みでその存在感を確実に高めている。なかには独自の新聞・雑誌を発行したりHPを開設したり、出版社を作ったりして、影響力を広げているところも少なくない。正確な統計は発表されていないが、これらの民主党派は党員または会員、社員(民主同盟会などは「会員」、「九三学社」は「社員」と呼ぶ)数を拡大しているのが確実である。
 中国民主同盟会の場合、1993年末現在、会員数は11万人、6500の下部組織を持ったが、1997年10月には会員数は13万1300人、下部組織も7477に増加した。つまり4年間未満で会員数は約2割増、下部組織は15%増になるのだ。他の民主党派も同じ傾向にあるようだ。
 民主党派の影響力はその党員(会員または社員)数よりその質に表れている。民主諸党派の共通点は、そのメンバーが高級知識人を中心としていることだ。例えば、「九三学社」のメンバー数は8万人未満(1997年末現在)だが、メンバーの98.4%は中級以上(大学の講師以上)の学術資格を持っている。うち高級学術資格(副教授以上)を持っているメンバーは56.3%を占めている。中には69名の科学院士、14名の工程院士が含まれている。
 これらの知識人は自分の地位を利用し、中国経済・社会などに関する調査を行なったり、各級の全人代や政治協商会議に提案を出したりするという方法で、積極的な情報発信を通じて、政策決定に影響力を行使している。
 
共産党との「静かな競争」
 昔、知識人を含む中国人にとって、「入党」といえば、共産党への「入党」を意味するが、現在、民主諸党派への入党を希望する知識人は増えているようだ。高級知識人を対象に民主党派と共産党は静かな「争奪戦」を行なっているとの見方もみられる。
 中国のある大学で教授をしている知人の一人は、これまで何回も共産党への入党を求めていたが、党支部(入党を審査する共産党の下部組織)からよく「直すべき欠点」が指摘され、何回も挫折を経験させられた。50歳を迎える年で、彼は心機一転をして、ある民主党派に入党し、且つ同大学における同民主党派のリーダの一人に選ばれた。
 この行動は、彼の政治地位を大いに向上させ、「奇跡」さえ起こした。大学の集会でいつも聴衆席に座っていた彼は、「主席台」(演壇)へと案内され、学部長より偉い座席に就かせられたのだ。大学の共産党組織はその支部に対して、「何故あのような人材を民主党派に行かせてしまったのか」と、責任追及もしたそうだ。
 高級知識人のうち、共産党幹部からの入党勧誘を婉曲に断り、民主党派に入党したケースも少なくないようだ。反体制ではないが、共産党幹部の腐敗などを嫌いながら、中国社会における自分の政治的地位を確保したい一部の高級知識人にとっては、民主諸党派はその良い受け皿となっている。
 この静かな「争奪戦」は、共産党の変化を象徴するものとしても注目される。これまで中国共産党は自分を「中国労働者階級の前衛部隊」、「労働者階級が階級闘争を行なうための道具」と位置づけていたが、中共第16回党大会(2002年11月)で「三つの代表」(先進的生産力、先進的文化と人民大衆の利益を代表すること)の明記など党規約の修正を行ない、中国共産党を「階級政党」から「国民政党」へと変身させたのである。党規約の改正で、党の性質として従来の「中国労働者階級の前衛部隊」だったところに、「中国人民と中華民族の前衛部隊」が加えられている。
 「三つの代表」の提出と党規約への明記には幾つかの背景があるが、その一つは中国の経済・社会情勢の変化、特に民営企業・個人企業の経営者など新しい階層の台頭である。1970年代以降、中国経済の高成長を支えてきたのは、民営企業など非国有経済にほかならない。「三つの代表」の提出は、党の代表する階層を民営企業の経営者などに広げて、党の支持基盤の拡大と党の合法性の獲得を図るという狙いがある。
 共産党の支持基盤の拡大にとって、今ひとつの重要課題は「第一生産力」(鄧小平の言葉)とされている科学技術と、高い教育水準を持つ知識人の獲得である。共産党の変身といえば、「階級政党」から「国民政党」への変身にとどまらず、労農兵(労働者・農民・軍人)を中心とする政党から、「エリート党」への変身も進んでいる。
 長い間、特に文化大革命中、「先進分子」として入党させたものは、労働者、貧農・下層中農が中心となっていた。1973年6月30日付けの新華社の報道によると、文化大革命中北京市では6万人あまりの人は入党したが、うち76%は労働者、貧農・下層中農で、天津市の新党員のうち、第一線で働く労働者は大部分を占めていた。
 しかし、現在、共産党員の高学歴化が急速に進んでいる。2004年末現在、共産党員のうち、短大を含む大卒以上の学歴を持つ党員は、中国成人人口に占める大卒の比率(約6%)を大きく上回った27.3%に達し、新入党員のうち、同比率はより高い数字になるとみられる。
 共産党の中央政治局、常務委員や国務院の閣僚、各省・市(直轄市)・自治区のトップの学歴を調べると、名門大学の卒業生が数多く含まれ、修士号や博士号を持つものも少なくない。政治局常務委員9人のうち、胡錦濤・総書記(国家主席)と呉邦国・全人代委員長をはじめ4人は中国の名門大学・清華大学卒、温家宝首相は大学院卒の学歴を持っている。
 高級知識人を巡る民主諸党派と共産党との「静かな競争」、共産党自身の「エリート」化は、中国社会、特に政治改革にどのような影響をもたらしていくかが注目されるところだ。
 
中国の民主諸党派のHP
 中国民主同盟会 http://www.dem-league.org.cn/
 中国民主建国会 http://www.cndca.org.cn/
 中国民主促進会 http://www.mj.org.cn/
 中国農工民主党 http://www.ngd.org.cn/
 中国致公党 http://www.zg.org.cn/
 九三学社 http://www.93.gov.cn/
 
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