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     第4号 2009.5.10発行 by 岡田 充
    NHK叩きは馬批判の代償行為
「親日幻想」捨てない人たち


 やはり素通りするわけにはいかない。NHKテレビが放送した日本の台湾植民地支配に関するドキュメンタリー番組に、在日台湾人団体などが「偏向番組」と攻撃している問題である。番組は、NHK総合テレビの番組「シリーズJAPANデビュー第1回『アジアの“一等国”』」。4月5日に放送されてから1ヶ月以上たつが、NHKに街宣車で乗り付けディレクター解任を要求するまでエスカレートし、自民党の中山成彬元文部科学相が会長を務める議員連盟も、NHK会長あてに抗議文と質問状を出し圧力を掛けた。論争に油を注ぐ気はないし、無視したいのが本音だ。しかし、日台関係になると決まって「親日」「反日」という不毛な二元論に、議論は空回りする。我々の思考を覆う二元論から解放されねばならない。
 新政権に喪失感
 番組を「超偏向」と批判した「週刊新潮」(4月23日号)によると、その内容はおおよそ次のようなものだ。
テーマは、50年に及んだ日本の「台湾統治」だった。明治28年、日清戦争に勝利した日本は、台湾を割譲された。この番組によれば、植民地を持つことで世界の“一等国”入りを目指した日本は、抵抗勢力を武力で押さえつけ、台湾の先住民族を博覧会に“展示”して統治の成功を世界に示し、さらに「格差と同化」という矛盾する統治で「差別」を生みながら、「改姓名」などの皇民化運動で台湾人から民族性を奪っていった・・・・・・この番組は、日本の台湾統治の“極悪非道”ぶりを徹底的に描き出すのだ。
 番組を批判する側は「台湾統治の負の側面のみを取り上げた」「日本と台湾との絆を分断し、中国による台湾併吞を実現」すると指摘する。批判する側も、台湾統治に負の側面があったことを認めているのに、なぜこうも大声で騒ぎ立てるのか。その背景を探るのが本論の目的である。
 まず挙げねばならないのは、李登輝・陳水扁の「非中国化」を目指す政権に代わって、中国との関係改善と協調を主張する馬英九政権が登場したことである。台湾の旧政権と日本の保守勢力は冷戦終結後、強大化する中国を「仮想敵」に、日台協力を戦略的な地位に高めようと努力してきた。それはある程度奏功した。
 今回の騒ぎで、日本の李登輝ファンが作る「日本李登輝友の会」の岡崎久彦、中西輝政らが、NHKへの抗議文の冒頭「私どもは台湾を『日本の生命線』と位置づけ」と書いていることをみても、日台関係を戦略関係と考えていることは明白だ。そしてその関係を支える精神的支柱が、台湾の「親日幻想」である。経済至上主義の下で、「世界の一流国」入りを果たした日本は、冷戦終結後「失われた20年」に入る。新しい国家目標を設定する上で手っ取り早いのは、戦前の日本のアジア侵略と植民地政策を正当化し、それを基礎に疑似ナショナリズムを構築することである。「新しい歴史教科書を作る会」が1990年代初めから勢いを増し、侵略戦争に対する反省を「自虐史観」と糾弾したことと平仄が合うであろう。
 中国、韓国をはじめ多くのアジア諸国が、日本の侵略を繰り返し非難するのに対し、李登輝は日本統治時代の教育、インフラ建設を肯定的に評価し、武士道精神や道徳を「日本精神」として持ち上げる。金美齢、小林よしのり、櫻井よしこら日本側がこれに呼応し、2000年以降8年間続く陳政権時代に「親日台湾」と連携を強めた。「新国家主義者」といってもよい彼らにとって、台湾統治への肯定的評価は、「ナショナリズム」構築の必要条件であった。金、桜井らは08年総統選に向けて、国民党政権が誕生すれば、台湾は中国と統一すると警鐘を鳴らし、「台湾は日本の生命線」と、戦前同様の植民地主義をふりかざす。「日本が侵略国家だったというのは正に濡れ衣」と主張してはばからない田母神俊雄・元航空幕僚長も同様の論理だ。
 馬英九が当選した翌日、日本に戻る金美齢は桃園空港で台湾のテレビ記者に「馬英九に投票した750万は台湾人ではない」と捨てぜりふを吐いたのは印象的だった。彼女は「親中国で外省人の馬を当選させたのは、真の台湾人ではない」と言いたかったのであろう。「親日政権」を失った喪失感が見えるようだ。

 孤立のジレンマ
 馬政権誕生を望まない彼らの中で、比較的現実的な対応に転換したのは岡崎だった。外務官僚だっただけに転身も早い。岡崎は馬英九の就任演説に関する文章の中で「過去の経緯が積み重なった複雑微妙な諸問題について、かなり明快に自己の見解を表明すると同時に、誰にも過大な警戒心や期待感を持たせない、なかなか出来の良い演説である」と評価した。さらに、民進党は日本が国民党と親しくなることには釈然としないかもしれないが「日本と台湾との関係が緊密になることは、台湾にとっての利益」と述べ、馬政権と前向きの関係をつくる姿勢を明らかにするのである。
 しかしこうした見方を、彼らが共有したわけではなく、馬評価をめぐる混乱は続く。米国をはじめ国際社会は、両岸対話が回復し台湾海峡の政治的緊張が緩和されたことを歓迎したから、馬政権を「親中・反日」と切り捨てれば、孤立のジレンマに陥る。「対立する両岸関係」という前提で、日台関係を重視していた彼は、両岸関係の好転と安定という新しいパラダイムに対応できず、とまどうばかりだった。馬はことしを「日台交流促進年」と位置づけ、対日重視の姿勢をことさら強調し、「反日攻撃」をかわそうとした。追い詰められた彼らが番組を「親中反日」と叩いたのは、新政権誕生以来味わってきた喪失感を埋める格好の標的だったからだ。NHK叩きは、馬批判ができない彼らの代償行為ではないか。

 「好感度」と親日
 筆者は3年半台北で生活した経験があるが、不愉快な思いをしたことはなかった。日本人に示す台湾人の好意と善意が主な理由だ。日本の対台湾窓口「交流協会」が08年末、約1000人の台湾人を対象に行った世論調査によると、日本に「親しみを感じる」は69%と「親しみを感じない」の12%を大きく超えた。台湾人の好意が世論調査でも確認された形だ。だがその好意や善意を「親日」とくくることには違和感を覚える。
 「親日」という言葉には、日本の経済力へのあこがれから、漫画やキャラクター大好きの「哈日族」まで、さらに植民地統治や「日本精神」の肯定など、政治的な意味まで極めて広義である。調査結果を報じた朝日新聞 は「日本による植民地統治や戦争の歴史が同様にあった中国、韓国と比べ、台湾の親日度がデータで裏付けられた形だ」と解説した。ここにも「親日」が登場するが、読者に誤解を与えかねない表現である。なぜなら「台湾の親日度」の前に「日本による植民地統治や戦争の歴史が同様にあった中国、韓国と比べ」という表現を入れることによって、あたかも台湾人が植民地統治を評価しているような印象を与えてしまうからである。
 記事は続けて、台湾人の「親日」の理由について「『経済力、技術力の高い国』が1位。次いで『自然の美しい国』『きまりを守る国』『豊かな伝統と文化を持つ国』などだった」と書き、「李登輝元総統に代表される、日本語教育を受けた70歳以上の高齢者世代の親日度が高いとされてきた。だが、『親しみを感じる』とした回答者は、20代が79%、30代が77%と、若い世代が最も親日的で、65歳以上は58%だった」としている。これから想像するに、若い世代が日本へ好感を抱く理由は、経済・技術力、自然など非政治的理由が多く、日本の植民地統治を評価しているわけではないことが分かろう。

 「おごり」と「甘え」
 麻生首相は外相だった05年2月、国会答弁で「台湾の教育水準が高いのは、植民地時代の日本義務教育のおかげ」と発言したことがある。麻生発言に対し、陳水扁政権時代の外交部スポークスマンは「教育も植民政策の一環であり、目的は誰もが分かっている」と、植民地統治の正当化に反発した。これが「親日」民進党政権の植民地統治に対する公式見解である。
 「政権党としての建前にすぎない」という見方もあろうが、「主権独立国家」が植民地統治を正当化する言説に組みすることは、自殺行為に等しい。このスポークスマン発言に「反日」のレッテルを張れるだろうか。むしろ自分の発言を、台湾人も受け入れるだろうという「親日幻想」に寄りかかる麻生の「おごり」がみえる。
 ところで広義の「親日」の対極にある用語は「反日」であろう。これも広義の概念だが、日本のメディア・識者は、外国および外国人をとりあげる際、日本に対する愛憎を基準にしたこのレッテルを好んで使う。話は02年に戻る。この年のはじめ、台湾の性風俗業や買売春を写真や値段入りで紹介した日本のムック本「極楽台湾」が、台北で販売禁止される事件が起きた。当時の台北市長は馬英九。「極楽台湾」を厳しく取り締まった馬英九を「反日」の一言でばっさりと切り捨てた研究者がいた。水谷尚子・中央大非常勤講師の「胡錦濤より『色男』で『反日』の馬英九」である。彼女は「買春した日本人は、出国時パスポートに『淫虫』(スケベ野郎)のスタンプを押すことも検討する」と述べた馬発言を取り上げ、馬の「反日的性格」の一例というのだ。
 さらに馬の「反日」の例として、霧社事件のタイヤル族の指導者モーダルナオ記念碑を「先住民たちは抗日英雄」として参拝したことや、馬がハーバード留学時代「保釣」運動の闘士だったことを挙げる。馬の名誉のために言えば、台湾でモーダルナオの肖像を彫った50元コインが発行されたのは陳水扁時代であり、発行を計画したのは李登輝政権だった。「親日」「反日」の二元論から生み出された「おごり」の一例である。

分裂したアイデンティティ
 この論文で傑作なのは結論部分である。彼女は「李登輝に代表される日本語世代のような、無条件に日本を愛してくれた親日派は、今後急速に消滅していく」とし、「台湾が『親日』であった時代は終わった」と結論づける。いったい李のどこに「無条件で日本を愛してくれる」性格がみえるのか。うなずくわけにはいかない。
 「李登輝とは不思議な人である。台湾人の心を持ち、日本人の思考方法と欧米の価値観を持つ。同時に中国的な社会、文化背景の中で生きている」。李をこのように評するのは、陳政権時代、総統府国家安全会議副秘書長を務めた江春男だ。「司馬文武」のペンネームのほうが通りがよいだろう。反国民党の立場から台湾を論じてきたジャーナリストである。彼は「多面政治家」としての李の顔を次のように表現する。「40年に及ぶ『蒋王朝』の下で身に染みついた『中国的処世術』。西側には民主主義と人権を押しだし『ミスターデモクラシー』と礼賛される。日本人には『日本人の思考』で付き合う」
 国際政治と外交とは、国際的に認められたあらゆる方法で、「国益」を追求する手段である。「無条件で外国」を愛する政治家がいるとすれば、その国際感覚と政治家としての資質は疑わしい。国民党内のし烈な権力闘争を勝ち抜き、巨大な中国と駆け引きするには、「親日」だけでは生き残れない。李の場合、強大化する中国を「仮想敵」に、自分と台湾の「親日」イメージを戦略的に振りまいた成功例である。言動に矛盾が多い人だが、その多面性には奇妙な魅力があるのも否定できない。
 台湾人は分裂したアイデンティティの中で生きている。台湾、日本、中国、西欧という4つの顔に加え、「本省人」と「外省人」に「客家」「先住民」など、族群アイデンティティも根強い。対日観は族群によっても異なるし、一人の人格の中でも4つの顔が「プリズム」を通すように、さまざまに変化するのである。その分裂は、李登輝がたびたび「悲哀」と強調するように、「外来政権」によって支配された続けた歴史に起因する一面もあろう。ただ李が分裂を「悲哀」と表現するのは、「日本人思考」で訴えているためである。日本は「文化、言語、民族が一体化した自然発生的な国家」という幻想の下で、国家アイデンティティの分裂が少ない特殊な国である。そうした日本人にとって、台湾人の「悲哀」という言葉はストンと腑に落ちるのである。

評価も相半ば

 ところで、台湾ではこの番組はどのように受け止められているのか。台北のジャーナリストによると、与野党の支持者および中間派のいずれもが、あまり関心を持っていないという。「番組を見たという民進党支持の日本留学経験者は『いい番組で勉強になった。反日とは思えないが』と解せないようだった」と語る。
 この番組で、日本のエリート教育を受けたお年寄りが「差別に苦しめられた。(日本時代は)いやだな。バカにしよって」と、感情あらわにぶつける場面は印象的だった。筆者も台湾では、日本教育を受けた年配者から、日本への複雑な思いをいやというほど聞かされてきたから驚きは感じなかった。ただ「カメラの前でよく言えたな」というのが率直な感想だった。日本で彼らの「親日」イメージが定着していることを自覚している台湾人が多いため、赤裸々な日本批判の場面が放送されれば、逆に本人が困るのではないかと懸念したからである。
 番組を批判する「台湾の声」は、発言の主である87歳の元医師、柯徳三氏に国際電話を掛け真相を質した。「台湾の声」に基づき柯氏の発言を要約すれば(1)日本の台湾統治はプラス面50%、マイナス面50%(2)(日本統治時代の)インフラや教育のよさを語ったが番組は取り上げなかった(3)国民(党)政府は日本政府の倍悪かった。(47年の)「2・28事件」では、台湾人エリートが犠牲になったと話したのに、まったく取り上げなかった(4)私は親日でも反日でもなく、日本は養母。中国から切り離され、日本に養子として拾われたのだ。日本人に差別はされたが一人前の医者として活躍できるのは日本のおかげ―ということになる。そして柯氏は「NHKには利用された、騙されたという気もしている」と嘆いた。
 この発言に脚色はないだろう。番組が「マイナス面50%」ばかりを伝え、「プラス面50%」を伝えなかったのは事実だ。ただそれを「公平を欠く偏向」というのはどうだろう。番組制作の意図は、1885年から1945年に及ぶ日本の台湾統治を「日本のアジア支配の原点」と位置付けることにある。その意図からすれば、「2・28」も、国民党による過酷な圧政にも焦点が当たらないことは不思議ではない。
 番組は次のようなナレーションで終わる。
 「親日的ともいわれる台湾で、今も残る日本統治の深い傷。それは今後アジアの中で生きて行く日本が分かち合わなければならない現実。過去と向き合う中から見えて来る未来。150年前に世界にデビューしたジャパンの歴史が、私たち一人ひとりの明日を問いかけている」。
 日本統治のプラス面ばかりを強調する情緒的報道が多い中で、むしろバランスがとれたコメントではないか。
柯氏だけでなく多くの台湾人が評価するインフラ整備、教育について言えば、「教育も植民政策の一環であり、目的は誰もが分かっている」という前出の陳政権時代のスポークスマンのコメントを引用すれば十分であろう。いずれも台湾人のためではなく、日本のアジア支配の戦略基地作りが目的であった。ただしインフラは、世の中がひっくり返っても基盤はそのまま残る普遍性を持つ。
 問題は、相半ばする評価を「親日か、反日か」の二元論のモノサシで測る、われわれの思考自体にある。(敬称略)

 
メルマガ「台湾の声」(09年4月6日「偏向番組で日台分断を図る)
http://www.emaga.com/bn/bn.cgi?3407
岡崎研究所「台湾新政権と外交打開の予感」(2008年7月7日)
http://www.okazaki-inst.jp/official/okazaki-inst/2008/07/post-9.html
 ⅲ  「台湾人7割「日本に親しみ」(2009年4月26日 asahi.com)
http://www.asahi.com/international/update/0425/TKY200904250184.html
 ⅳ  水谷尚子「胡錦濤より『色男』で『反日』の馬英九」(「諸君」2005年3月号)
 ⅴ  岡田充「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」(2003年 講談社現代新書)112頁
 ⅵ  メルマガ「台湾の声」(4月9日「証言の断片のみ放映」)
http://www.emaga.com/bn/bn.cgi?3407

(了) 

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