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     第16号 2010.10.04発行 by 岡田 充
    不毛で有害な前世紀的争い
尖閣事件と領土ナショナリズム


 尖閣諸島(中国名・釣魚島)1沖で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事件をめぐり日中関係が大きく動揺している。国境線を超えるグローバル化が進む世界で、領土と主権をめぐる前世紀的争いが、いかに不毛で有害かを改めて見せつけた。両岸関係はこの2年、「主権」を事実上棚上げすることによって大幅に改善し、東アジアの国際関係好転の推進力にもなってきた。台湾も尖閣領有権を主張しており、この小論でもとりあげないわけにはいくまい。事件の経緯をはじめ、日本側が起こした二重の過ちと「領土ナショナリズム」の噴出。台湾の対応と中国の海洋戦略などについてまとめておく。
 日中両国は2年前の2008年6月、東シナ海の排他的経済水域(EEZ)の線引き争いを棚上げし、ガス田の共同開発で合意したばかりだ。この合意は正に尖閣領有問題を目立たせぬよう工夫をこらした大人の決着だったが、この事件によって外交関係の冷却化と相互不信の時代に一気に後退してしまった。日本の対応で最大の問題は「司法か外交か」という無意味な
写真:尖閣諸島(中国名・釣魚島)
「二項対立軸」を引いた政府の姿勢にある。この二択論は「日中関係のために領土を犠牲にするな」という「領土ナショナリズム」に、国民感情を誘導しやすい。中国の圧力に屈したという「屈辱感」もまた「領土ナショナリズム」の発露に他ならない。「外交戦」に敗北した日本が失ったものは多い。ただ、延期されているガス田共同開発の日中条約締結交渉だけは早期に再開し、関係正常化の道を探らねばならない。共同開発の合意は、日本の尖閣実効支配を事実上認め、領土を棚上げした「戦略的互恵関係」の柱だからである。


事件経緯と論点
 まず事件を振り返り、船長逮捕という選択をした日本政府の判断と中国の強硬姿勢の背景を分析する。尖閣諸島は、明治政府が日清戦争中の1895年1月、沖縄県に編入するまではどの国にも属さぬ無人島だった。それ以前は琉球をはじめ台湾、中国の漁民が絶好の漁場の拠点として自由に出入りする島だっただろう。戦後は、ポツダム宣言で日本が台湾と朝鮮半島の主権を放棄するが、当時の中華民国政府は領有権を主張しなかった。台湾と中国が領有権を主張するのは1971年からである。彼らの領有権の根拠は乏しく説得力はないが、北京と台北が領有権を主張しているという事実は認めざるを得まい。日本政府の「東シナ海に領土問題は存在しない」という認識は「外交上の立場」表明であり、実体上は領土問題は存在するのである。
 今回、争いが再燃した理由は中国人船長の逮捕にあった。前原誠司外相は「日本の法律にのっとって粛々と対応」と繰り返してきた。「領土問題は存在しない」との立場から、中国側の主張には一切とりあわず外交問題にしないという姿勢である。では公務執行妨害容疑の逮捕は純然たる司法判断であり、政治的判断は働かなかったのだろうか。これが第一の論点である。
 事件経過と日中双方の対応は(下表参照)次の通り。9月7日午前10時56分ごろ尖閣諸島・久場島の北西約15㌔の日本領海で、中国のトロール漁船が巡視船の停船命令に従わず逃走。追尾した巡視船「みずき」に衝突した。逃げる漁船を拿捕したのは午後1時ごろ。ただ海上保安庁が、詹其雄船長(41)を公務執行妨害容疑で逮捕したのは8日未明であり、拿捕から13時間もかかっている。この13時間に何が起きていたのか。当時ベルリン滞在中の岡田克也外相は、日本人記者に「わが国の領海内の出来事。法に基づいて粛々と対応していく」と説明するとともに、仙谷由人官房長官とも電話で対応を協議していたことを明らかにした。「公務執行妨害」での逮捕を主張する前原。仙谷が岡田にも相談しながら、中国側の対応を計算しつつ、逮捕に踏み切る「政治判断」に時間をかけたのは間違いない。では逮捕の政治判断とは何か。

  9月07日 尖閣諸島久場所島付近で、巡視船に中国漁船が衝突。8日未明、船長逮捕
    09日 那覇地検石垣支部に船長を送検
    10日 船長の19日までの拘置延長。中国外相が丹羽宇一郎駐中国大使を呼び抗議
    11日 中国が東シナ海ガス田開発に関する条約締結交渉の延期発表
    12日 戴秉国国務委員が未明に丹羽大使を呼び出し、乗組員と漁船の即時送還要求
    13日 船長除く乗組員14人がチャーター機で帰国
    14日 尖閣領有を主張する台湾の漁船が、抗議のため領海16㌔にまで接近したが引き返す。
    18日 柳条湖事件(満州事変)79年で、北京や上海などで抗議デモ、当局抑え込む
    19日 船長を10日間拘置延長。中国側は「強烈な対抗措置」(外務省)とし閣僚級以上の交流の停止や、民間のイベント中止・延期を次々と通告
    21日 訪米中の温家宝首相がNYで船長の「即時、無条件」釈放を要求。日本の対応次第で「さらなる行動を取る」と警告
    22日 仙谷官房長官が中国の反発受け、事態打開に「あらゆる可能性を追求」と発言
    23日 中国から日本へのレアアース(希土類)輸出停滞が発覚。河北省で軍事管理区域に侵入容疑で,建設会社フジタの日本人社員ら4人の拘束判明
    24日 那覇地検が船長の処分保留と釈放を発表
    25日 船長は福州市に到着。中国外務省が日本に謝罪と賠償を要求する声明発表
    28日 中国外務省副報道局長が関係修復に向け「誠実で実務的な行動」を日本に要請
    29日 中国から日本へのレアアース輸出正常化
    30日 「フジタ」社員の3人の拘束解く。衆院予算委で集中審議

逮捕という政治判断
 それは逮捕によって尖閣主権を守る強い姿勢を内外に示すことを最優先し、そのためには、日中関係が一定程度後退することもやむを得ないという判断であろう。政府内には外務省を中心に同容疑での逮捕に異論もあったという。もし前原が言うように「日本の法律にのっとり粛々と対応」するのなら、中国側の反応をいっさい度外視して現行犯逮捕するのが筋であろう。実際は、逮捕容疑を公務執行妨害にするか、違法操業にして国外退去させるか検討が重ねられたはずだ。結局「司法か外交か」の二項対立の図式を引き、政府は「司法」を優先した。メディアに代表される世論もこれを支持し、中国の強引な対抗措置を「政治圧力」と批判するのである。
 第二の論点は、中国側の強硬な対抗措置の理由と背景である。現場海域では、普段から多くの中国、台湾漁船が操業。日本の巡視船が、領海に入ろうとする中国、台湾漁船に警告するのは日常化し、普通は領海外に追い払ってきた。中国や台湾の識者は今回のケースと2004年に同諸島の魚釣島に上陸した中国人7人を強制退去させたケースと比較し、日本側の対応が厳しさを増したと指摘する。
 この時、魚釣島に上陸した7人は中国の「保釣運動」の活動家であり確信犯。しかし沖縄県警が入管難民法違反の現行犯で逮捕した7人は送検されず、強制送還で決着した。当時の小泉純一郎首相は、日中関係を重視し「大局的な判断」での対処を強調した。この時も「政治決着」への批判が噴出したが、今回は確信犯ではなく「偶発事件」(前原国交相)である。北京が04年のように早期釈放すべき案件と考えても不思議はない。台湾との関係では08年6月、同諸島沖で海上保安庁の巡視船が台湾の遊漁船「聯合号」に衝突、沈没させる事件が起きた。台湾はこれに抗議し、巡視船を日本領海に侵入させ、「主権」を誇示する報復に出た。日本メディアはこれを、誕生したばかりの国民党・馬英九政権の「反日姿勢」の表れと批判した。この年末、日本側が台湾に、沈没を謝罪、補償金を支払うのだが、記憶している読者は多くないだろう。加害者意識は無自覚に忘却される。

中国側の論理
 尖閣事件での中国の対応を振り返る。那覇地検は10日、船長を10日間の拘置延長にすると決定、中国は翌11日、東シナ海ガス田開発に関する条約締結交渉の延期を発表。さらに12日には、中国外交政策の実務上のトップである戴秉国国務委員が丹波宇一郎・駐中国大使を未明に呼び出して抗議する非礼に発展した。さらに19日に船長の拘留が延長されると、閣僚級以上の交流停止と、温家宝首相が招待した日本青年の上海万博受け入れ中止を発表、民間交流や観光にまで影響が出始めた。決定的だったのは、国連総会出席のためニューヨーク入りした温が21日、船長が釈放されなければ「さらなる行動をとる」と、首脳として初めて踏み込んだ発言をしたことである。これを受け、翌22日、仙谷官房長官は打開に向け「あらゆる可能性を追求」と「融和姿勢」に転じるが、既に時遅し。「温発言でアクセルを全開にした」(中国筋)中国側は、日本向けレアアース(希土類)の輸出停滞や、日本人4人を「軍事管理区域侵入」容疑で拘束するなどの「いやがらせ」に出た。「経済と人質」から日本に圧力を加えたのである。そして翌24日、那覇地検が「わが国国民への影響と今後の日中関係を考えると、これ以上、身柄を拘束して継続して捜査を続けることは相当ではない」と、船長の処分保留を発表する。菅、仙谷ら政府首脳は「純粋な司法判断」と政治介入を否定したが、だれも信じまい。
 では北京の厳しい姿勢の目的と背景は何か。まず指摘しなければならないのは、日本の国内法で司法手続きが進めば、日本の主権が国際社会で認知されてしまうという警戒感である。放置すれば、国内の領土ナショナリズムから「弱腰」の突き上げをくうから、譲歩は許されない。厳しい対応を示して「領土問題は存在しない」という日本の立場を切り崩し、内外に領土問題の存在を認知させねばならない。中国外交学院の周永生教授は「(逮捕は)日本の実効支配の正当性を世界に認めさせようという陰謀。絶対に容認するわけにはいかない」と、共同通信中国総局の取材に答えている。04年に7人の中国人を強制送還した際は、「中国の固有の領土」という主張と整合性が図られたとして、日本の対応を評価する声もあった。従って今回も、中国側は拘置期限が切れる19日には、船長を釈放するのではないかとの期待を抱いていたふしがある。中国側の激し反応を予期していなかった日本。やがて「折れる」と期待した中国ー。ボタンの掛け違いが、問題を一層こじらせた。民主党の代表選挙と権力闘争に伴う「権力空白」や、日中の政治家の同士のパイプ欠如という指摘もあったが、いずれもその通りであろう。 
 では中国の強硬対応に「内在的理由」」はあるだろうか。中国の胡錦濤指導部が、鄧小平の外交戦略だった「韜光養晦」(能あるタカはつめを隠せ)を放棄したとみる識者もいる。法政大の趙宏偉教授は、胡錦濤が2006年以来、単に経済発展だけでなく「国家主権と安保と発展の利益を一体として守り、外交で主導権をとる」と、主権と安保を強調するようになったことに着目する。軍事力を増強し、海洋権益やシーレーン確保を「核心利益」と呼ぶのもその表れであろう。経済大国化に自信を深め、軍事力を増強して「偉大な中華民族の復興」という新国家目標を達成するためにも、領土・主権問題では譲歩できないという論理である。それは、強引に力でねじ伏せる「大国外交」の形として表れる。
 ただ今回、中国民衆の反応は比較的冷静だった。豊かになり中産階級が増えれば、国民の意識も多元化する。中国人の国家意識はもともと薄い。ナショナリズムで引き締めなければ一党独裁は維持できない。胡錦濤・温家宝指導部は2年後に迫った共産党大会で引退する。権力移行期には強硬路線が勢いを得る傾向がある。「日米関係を試した」(アーミテージ前米国務副長官)との見方や、「対中強硬派」の仙谷、前原らを揺さぶる狙いを指摘する声もあった。いずれも的外れではない。

中国の海洋戦略
 中国の「大国外交」のなかでも、日本で懸念が強まっているのが軍事力増強、とくに積極的な海洋戦略である。ことし4月、中国軍艦10隻が宮古島沖から太平洋に抜けた際に、中国の艦載ヘリが日本の監視船に異常接近したのは記憶に新しい。ここで尖閣も絡む中国の海洋戦略についてまとめておこう。尖閣海域では2008年12月8日、中国海洋調査船2隻が魚釣島の南東6㌔の日本領海を侵犯したとして大問題になった。さらに海南島沖では09年3月、米海軍の調査船に中国艦船が異常接近したと米側が発表、ここ数年西側とのトラブルが目立つ。中国は海賊対策の一環として、主要国の先陣を切ってソマリア沖に最新鋭駆逐艦を投入した。近海防衛を主としてきた従来の戦略から、遠洋進出を射程に入れた戦略に変わったのは明白である。
 世界経済における中国の存在感が増し、グローバル化と相互依存が進む中で中国の国際社会への統合は深まっている。しかしそれは主として経済の話である。軍は「国家主権」を実力で表現する暴力装置だから次元が異なる。ただ経済の相互依存関係がこれほど深まっている現在、安全保障における軍事の性格と役割は相対的に低下し、それに対し軍内から反発があることは容易に想像できる。これは中国はもちろん、軍産複合体が依然として力をもつ米国もそうだ。そこで指摘されるのが中国の国防費。09年予算の軍事費は前年比15・3%増。21年連続の二けた成長で、米国に次ぐ世界第2の軍事大国になった。これが中国脅威論の根拠と背景だが、中国が脅威かどうかは「能力」と「意図」を評価する必要がある。能力については、空母建造を含め「過剰評価」とみる自衛隊関係者は多い。「脅威論」をあおる材料にされている側面はあろう。
 一方の意図は、海洋戦略の分析から判断したい。中国国防白書など公表された資料によれば、海洋戦略は①近海安全保障②海洋資源獲得③エネルギー需要の急増に伴う「シーレーン防衛」―の3つである。①、②は地理的には台湾海峡、日本海と東シナ海の尖閣諸島、南シナ海の南沙・西沙諸島などである。09年の中国国防白書は「80年代以来、海軍は近海防衛戦略への転換を実現した」と書き、近海防衛が基本的に完成段階にあることを認めた。米海軍との「ニアミス」は①の近海安全保障にかかわり、尖閣諸島での領海侵犯は、②の海洋資源獲得に絡んでいる。「ニアミス」をした際の米軍調査活動の目的は、08年海南島に配備された「晋」級の新鋭原潜の通信・ソナー探索活動にあったとされる。米側は「公海上」と主張するが、中国からみれば「庭先まで踏み込んだ挑発」にみえる。海南島上空では01年、米軍偵察機が、スクランブル発進した中国軍機と接触・墜落する事件が起きた。これも海南島配備の原潜情報収集が目的だった。この摩擦から、将来の米中衝突をイメージする向きもあるが、両国とも本気で争うつもりはない。ジャブの応酬とみるべきである。南沙諸島を含む南シナ海は、中東からのシーレーンであり、中国が強調する「核心的利益」とは「主権」のみならず、シーレーン防衛を含むとみてよい。日本が「生命線」と呼ぶのと同様である。

シーレーン防衛
 エネルギー需要の急増に伴う「シーレーン防衛」は、遠洋進出戦略の中核を占めるだろう。空母建造の目的は、中国威論者が警告するような米国への軍事的対抗ではない。空母の保有は、「大国にふさわしい」ナショナリズムの欲求を満たすと同時に、シーレーンを防衛する象徴的存在と考えるべきだ。中国は03年ごろからインド洋北部のパキスタン、バングラデシュ、ミャンマー、タイなど友好国内に、港湾・軍事・輸送施設を建設してきた。米国防総省はこれを、インド亜大陸を南から包囲する「真珠の首飾り」戦略と呼んだ。
 世界のエネルギー需要は今後25年で約50%増大、この半分が中国とインドの需要で占められる。中国のエネルギー需要は過去10年間で倍増したが、「小康社会」が実現する20年までにさらに倍増する。インドは世界第4位のエネルギー消費国。既に世界有数の海軍大国であり、15年までに原潜3隻、空母3隻を保有する予定。ここまで書けば、中国の遠洋戦略と空母保有の目的が鮮明になる。米シンクタンク研究者のロバート・カプランは2米外交誌「フォーリン・アフェアーズ」で、中印の動きについて「(中国が)インド洋の東と西への陸海双方の影響力を強めていくにつれて、インドは中国と衝突しつつある」と分析した。
 さて一昨年暮れ、中国駆逐艦など3隻がソマリア沖に急派されると、解放軍系の研究者から公開のシンポジウムで「中国の国益は領土・領海を超えて拡大しており軍はこれを守る」という主権拡張論が飛び出した。「拡張主義」として中国脅威論を増長しかねないこの強硬論に対して、同じ解放軍系の研究者から強い反論が加えられたものの、中国党・政府が公開の場で論争を容認したのはなぜか。胡錦涛の「平和発展」外交に不満を抱く軍に胡錦涛が引きずられているという分析は単線的すぎる。

自信と誤解
 2年ほど前、米太平洋軍のキーティング司令官が訪中した際、中国海軍高官から「太平洋を米中で分割管理してはどうか」との提案を受けたという米議会証言が大ニュースになった。「米中2大国で太平洋を分割したい」という中国の野心の表れたといわれた。しかし、中国海軍高官に直接聞いたという日本政府当局者によると、高官は「ゾーンディフェンス」の概念をキーティングに説明したというのだ。ゾーンディフェンスとは、ペルシャ湾に展開した多国籍軍のように、海域をいくつかのゾーンに分けて、各国の艦船が各ゾーンを守る方法。太平洋でのゾーンディフェンスを例えとして挙げたのに、反響の大きさに高官は戸惑ったという。
 昨年4月末、青島港で行われた中国海軍創設60周年を祝うパレードに、日本の自衛隊を含め29カ国代表が招かれ、非公開だった原子力潜水艦が初公開された。西側は中国軍の透明度が低いことを問題にしてきたが、中国軍筋は「それは装備と技術に自信がないからだ」と弁解し続けてきた。この弁解が正しいとするなら、、原潜公開や空母建造の公表は中国軍が次第に実力と自信を持ち始めた表れとみるべきだろう。
 西太平洋進出の中国の意図に戻る。中国潜水艦は04年ごろからフィリピン、グアムに至る西太平洋の「第二列島線」付近での偵察活動を活発化させてきた。第2次大戦後、日本に代わり米国が独占支配してきた西太平洋で、中国が新たなけん制力を持ち始めたことは重要である。台湾海峡や東シナ海での有事に対し、中国原潜は米空母機動部隊の動きを水面下から監視、搭載したSLBMをちらつかせながら米軍の動きを妨害することが可能になると、軍事関係者は見る。ただ「第2列島線」をめぐる米中の争奪戦とみるのは早計だ。中国側にはいまのところ、その能力も意図もない。

四方の安全確認が目的
 意図については、東京大の歴史学者、加藤陽子教授が書いたコラム3には説得力がある。少し長いがそのまま引用する。
 「大陸で興亡を繰り返す中国の王朝にとって、大陸の東端の外縁に位置する日本は、中国内に深刻な対立がある場合、特に内陸部において問題を抱える場合、目の離せない国となる。今の中国が、新疆ウイグル自治区の民族問題に加え、西部で国境を接するカザフスタン、キルギスの政情不安など、内陸部における 問題を抱えていることは、容易に察せられる。
 この4月には、中国海軍の沖縄沖への積極姿勢を示す案件が2件起こった。中国潜水艦が浮上したまま宮古島沖を航行した件と、自衛隊の護衛艦「あさゆき」に中国艦載ヘリが接近した件である。この中国の行動を、太平洋へと積極的な展開を図りたい中国軍の意思表示である、と簡単に結論づけてよいか。
 一連の行動は、東端の安全をまずは確認し、次いで中国内部の問題へと向かう先の示威行動であったように思われる。中国外交のより重要なシグナルは、これまで課長級であった会談を局長級に上げ、今月4日、北京で日中ガス田共同開発についての協議を行ったこと、こちらにあるのではないか」。
 加藤の見方は、中国指導部にとって依然として「安定」が第一であり、格差や民族問題などに取り組み国内の安定を維持する上で、「四方の外縁の安全」を確保するという防衛的性格だとする論考である。中国から見た四方は、北にロシア、南にインド、西にイスラム教の影響が強い中央アジア諸国。そして東に日米同盟がある。

中国・台湾の反応
 尖閣事件に対する中国と台湾の反応を振り返る。事件発生直後から中国のインターネットの書き込みは相も変わらず、領土ナショナリズムを煽る「落書き」が相次いだ。人民日報系のウェブサイト「強国論壇」には、「日本にミサイルを撃ち込め」「中国も日本の船を拘束しろ」など強硬発言が並び、日本のメディアも「中国の反応」として挑発的発言を大きく取り上げた。
 その一方「庶民には冷静な見方も増えた」と書くメディアもある。この記事4は、41歳の北京男性の話として「政府は外交上有利に展開するため民意を利用しているだけだ。中国に主張する権利があるように日本にも権利はある」と言い切ったと報じた。こうした冷静な反応の背景としてこの記者は「小泉政権後の5年間で、中国の国力や国際的地位の向上が一段と進み、中国人には心理的な自信や余裕も出てきた。価値観の多様化も少しずつ進んでおり、直ちに5年前と同じ状況に戻ることはなさそう」と分析した。
 やはり尖閣領有権を主張する台湾はどうか。台湾の民族団体「中華保釣(尖閣防衛)協会」の黄錫麟・秘書長ら5人が乗った漁船が14日早朝、抗議のため同諸島に向かい日本の排他的経済水域(EEZ)に入った。一時は日本領海まで約16㌔に接近したが、その後台湾方向に引き返した。台湾の公的な立場はこの日の外交部談話に表れている。談話は、尖閣諸島は「わが国の固有の領土であり、周辺海域でのわれわれのいかなる艦船の活動も、われわれの主権の管轄下にある」
写真:金溥聡秘書長
とした上で「日本に対し抗議を表明した」と述べた。ただこれはあくまで表向きの立場だ。この漁船には台湾海防巡署の船艇が取り囲む形で航行しており、日本領海に入らぬよう「監視」していた。 
 日本の民主党政権との交流を深めるため15日から来日していた国民党の金溥聡秘書長(写真の左)は17日、東京で記者会見し、尖閣事件への対応について「中国と台湾の連携は絶対ない」と強調した。金は馬英九の側近中の側近で、国民党政権誕生の立役者でもある。満州族で「愛新覚羅」一族の末裔とされる。中国が事件後、尖閣主権の防衛は「中台同胞の共通利益」と強調。日本のメディアも「中台共同行動」と報道したため、こうした見方を強く打ち消したのである。金は「釣魚島問題は歴史的に複雑な要素があり、中華民国は領有権を主張している。この姿勢に変化はない」と基本的な立場を繰り返した。台湾漁船の抗議行動については合法としながらも「政治問題化したくない」と述べた。台湾には日本の実効支配に挑戦する意図はさらさらない。台湾漁民の漁業権確保が主な関心であり、主権棚上げが台湾の利益であろう。日中対立が激化して主権への姿勢を鮮明にすることを迫られる事態はまったく望んでいない。両岸関係と日台関係が「ウィンウィン」の関係になることこそ彼らの利益である。
 一方、香港の民族団体「保釣行動委員会」も22日午後、香港・長州島からメンバー7人が乗った漁船で尖閣諸島に向かおうとしたが、出港後間もなく香港当局の船に阻止された。香港当局は21日、漁船で尖閣諸島へ向かうことを禁じる趣旨の通達を委員会に出していた。この組織は13日にも訪問先の台湾で漁船を借り、尖閣への航行を試みたが、台湾当局の警告を受けて断念していた。

領土ナショナリズム
 今回、日本政府は二重の誤りを犯した。「領土問題は存在しない」という虚構を維持するため、船長逮捕にこだわり早期釈放の判断を停止した初動段階の誤り。「司法」にこだわった前原に引きずられた結果であった。そして第二は、中国の強硬姿勢がエスカレートし日中関係全般にマイナスの影響が出ると、今度は日中関係を優先して船長釈放という全く逆の政治判断をした。自ら掘った「司法か外交か」という、交わらない二項対立の落とし穴にはまったと言える。菅首相に至っては、何とかの一つ覚えのように「冷静対応が重要」と繰り返すだけだった。「不毛で有害な争い」の果てに残ったのは、「領土ナショナリズム」である。領土ナショナリズムほどやっかいなしろものはない。「正義」と「善」は常にこちら側にあり、「非」は相手側にあるという固定観念の虜。一切の妥協を許さず、政府が譲歩すれば批判の矛先は政府に向き、さらに過激な対応を求める。こうなると「負の連鎖」から抜け出せなくなり、官民挙げて「いつかきた道」をたどりかねない。
 領土紛争ほど第3者からみて滑稽なものはあるまい。前原外相は、中国の圧力が強まる中、ニューヨークでヒラリー・クリントン国務長官と会い「尖閣は日米安保の対象地域」という発言を引き出したとして、一人悦に入っていた。これを外交オンチという。尖閣問題が起き日中の確執が表面化すると、ただちに対話による解決を訴えたのは米国である。「日米安保の対象地域」であるという認識と、尖閣防衛のために米国が「血を流す」こととは、天と地のような開きがある。ヒラリーのリップ・サービスは「抑止効果」を持たないだろう。
 9月30日衆院予算委員会で行われた事件の集中審議では、与野党は中国の圧力に屈した「弱腰外交」非難で合唱を始めた。唯一、自民党総裁の谷垣禎一が強硬路線と一線を画し、逮捕直後の国外退去もあり得たと主張したのが目立った。
 今回も大手メディアが領土ナショナリズムを煽る先頭に立った。例を挙げる。9月20日付朝刊の全国紙の一面は、閣僚級交流停止の解説記事で「すべてが党の指導のもとにある中国では、三権分立が確立していない。司法判断でさえ政治力で動かせる」と中国を揶揄した。「こちら」の三権分立を誇るのは、ナイーブすぎる。船長釈放の司法判断は、日本政府の「政治力で動か」したのではないか。特に大阪地検特捜部検事による証拠隠滅事件発覚後、司法権力の正当性への疑念が噴出した時だけに、説得力はない。別のメディアの「論説」は「屈服外交は禍根残す」という見出しで 「こんな姿勢で北方領土交渉や竹島問題に取り組んでいけるのか。日本の『屈服外交』は、重大な禍根を残している」と、弱腰をたたいた。「日本とは領土問題は存在しない」というロシアの公式姿勢に歯がみをしたのは誰だろう。こんな単細胞でも、論説委員は務まる。メディアが同じ方向に向き始めた中、東郷和彦5・元外務省条約局長の寄稿は、領土ナショナリズムにブレーキをかける冷静な論考として光った。東郷は「最悪の場合、日中間の武力衝突に発展し得る」ことを示したとの危機感をあらわにし「領土問題は存在しない」との立場を再考するよう求め「前提条件なしに~中略~率直に言い合う外交努力が必要」と提言する。
 「KY」に弱い日本人は、こぞって同じ方向を向きがちだ。特に心配なのは「屈辱感」と被害者意識を募らせるこちら側のナショナリズムである。東シナ海での中国軍の活発な動きに対抗して、日本軍拡論が高まる懸念はないか。政府は、与那国島など南西諸島の防衛態勢強化を検討しており、防衛省も今回の事件を追い風にするだろう。外交は「正義」を競う場ではない。国際的に許されるあらゆる手段を動員して国益をかちとるゲームだ。「領土問題は存在しない」という虚構こそ、今回の対中外交の敗因である。少なくとも係争があることは認めねば、対話と交渉は成立しない。
 ガス田共同開発合意の根底にあるのが尖閣問題だ。日中双方が主張するEEZの線引きの起点は尖閣である。2年前の合意は尖閣を目立たせない「知恵」を絞った結果だった。この合意によって日中関係は大きく改善された。長い間緊張関係が続いた台湾海峡でも、馬英九政権誕生で中台関係が好転、日米中台の四角関係は「ウィン・ウィン」の関係になった。これこそ日中双方が維持すべき大局である。大局を維持するカギは、中断したガス田共同開発の条約締結交渉の再開である。中国も再開への努力を見せねばならない。(一部敬称略)
 本稿は岩波書店の月刊誌「世界」(2010年11月号)に寄稿した原稿に大幅に加筆し、差し替えたものである。
(了)



 
1  尖閣諸島とは 沖縄本島の西約400㌔の東シナ海に浮かぶ無人小島群の総称。最も西に位置する面積約3・8平方㌔の魚釣島が最大。1895年1月に沖縄県に編入され、第2次大戦後には米国の施政権下となったが、72年に沖縄とともに返還された。現在は沖縄県石垣市。日本政府が同諸島の一部を土地所有者から賃借し、立ち入り禁止にしている。周辺海域では60年代後半に石油などの埋蔵資源が見つかり、中国と台湾は、沖縄返還直前の71年から、領有権を主張し始めた。中国は92年に「釣魚島」の名称で中国領と明記した領海法を制定した。

尖閣諸島を示す地図
2 「Power Plays in the Indian Ocean」 Robert D. Kaplan 「FOREIGN AFFAIRS 」March/April 2009
3 加藤陽子「時代の風:中国関係史と今」(毎日新聞 201059日朝刊)
 4 「強硬派に反日機運が高揚 冷静、無関心な見方も」(共同通信 2010年9月14日)
5 東郷和彦「私の視点『領土問題ない』の再考を」(朝日新聞 2010年9月30日朝刊)

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