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     第35号 2013.02.28発行 by 岡田 充
    尖閣で日米の認識に落差
不明な点多いレーダー照射
 安倍晋三首相が、政権誕生以来待ち望んでいた日米首脳会談(写真 ホワイトハウスHP)が2月22日、ワシントンでようやく実現した。肝心の尖閣諸島問題ではいったいどのようなやりとりがあったのか。中国は「安倍がオバマから、中国台頭を抑えるため支持を取り付けようとしたが失敗した」とする論評(新華社通信 23日)を出したが、実際はどうだったのだろうか。結論的に言うなら、日米同盟の強化を演出したい安倍と、良好な米中関係を目指すオバマとの認識の差が浮き彫りにされた会談だった。
「尖閣煽るな」と米がクギ
 まず日本外務省が会談後に発表した「会談概要」をみよう。それは次のように書く。
「両首脳は、尖閣諸島を含む状況について議論を行った。安倍総理より、日本は中国に対して冷静に対応してきている旨述べるとともに、政治レベルを含め、中国と対話を継続していく考えを述べ、日米同盟を基礎としつつ、この地域を力ではなくルールが支配する地域にすべく協力していくことで一致した」。
 安倍は訪米前、米紙「ワシントン・ポスト」とのインタビューで、中国に対し「力で領海や領土を奪うことはできないと認識させなければならない」として、日米連携を強調していた。それに比べると、対中非難を抑えトーンダウンしていることが分かる。安倍に同行した政治部記者によると、米側からは事前に「尖閣問題をあおらないでほしいとの意向」が日本政府高官に伝えられていたという。
 それを念頭に置いた上でこのコメントを読めば、「日本は中国に対して冷静対応してきている」の部分を強調したいことが分かる。中国を「力によって支配しようとしている」と揶揄しつつ、「日本は冷静に対応してきた」ことを強調したのである。
では米国側はこれをどう受け止めたか。岸田外相とケリー国務長官は、外相会談に先立ち記者団の前に姿を見せた。ケリーは次のように言う。
 「 I want to compliment Japan on the restraint that it has shown, its efforts to try to make sure that this does not flare up into a significant confrontation」(日本が(尖閣諸島問題で)みせてきた自制と、深刻な衝突につながらぬよう努力していることを称賛したい)
 コメントは「外交辞令」(リップサービス)のようにも聞こえるが、事前のすり合わせがあったかもしれない。肝心のオバマといえば、尖閣については自分自身の口では何も語っていない。ワーキングランチの直前、安倍とともに記者の前に姿を見せた際も、尖閣に関する質問には答えなかった。
 ワシントンにいる多くの日本と中国の記者は、1カ月前のヒラリー・クリントン発言がまだ「生きているのかどうか」を確認したかったに違いない。会談後ホワイトハウスで行われたブリーフィングの最後に、やはりこの質問を出した記者がいた。「釣魚(diaoyu)」と発音しているから中国人記者であろう。
 「日本の釣魚島に対する施政権を損なう、一方的な行動に反対するという米国の立場は確固としたものか」と「ヒラリー発言」の確認を求めた男性記者に、カーニー報道官は「(ヒラリーの)コメントは見ていないので…」と、そっけなく答を避けた。会見の大半は、財政支出の削減に費やされていた。米国記者の主要な関心は、東シナ海の「無人の孤島」の領有権などにはないのだ。
外交解決求め平和努力を
 そこで前日の21日、やはりホワイトハウスで行われた日米首脳会談に関するブリーフィングを覗いてみよう。答えるのは、国家安全保障会議のダニエル・ラッセル上級部長。ブリーフィングでは、環太平洋連携協定(TPP)や慰安婦問題に関する河野談話見直しなど、安倍の歴史認識が大半を占め、尖閣が登場したのは最後だった。
やはり中国人記者が、安倍の米紙「ワシントン・ポスト」とのインタビューでの発言へのコメントを求めた。これに対するラッセルの答え。
 (1)I know that the President believes, and I, frankly, am confident that both leaders believe that constructive bilateral relations with China are important -- are essential, frankly, for regional growth, and that managing differences is an important part of every bilateral relationship.(大統領は、日米の指導者が中国との建設的二国間関係は重要で、地域の発展にとって不可欠なものと信じていると確信する。相違を処理することは、あらゆる二国間関係にとって重要)
 (2)Sino-Japanese relations have significant impact on all of us and on all the countries in the region, so it’s something that we all pay close attention to. The East China Sea and, frankly, the broader Asia Pacific region is an area in which stability is in all of our interests. And the President is very supportive and remains supportive of the peaceful efforts to find diplomatic resolution to outstanding issues of territorial claims and so on, and has been clear in the United States’ opposition to coercive actions or unilateral steps that threaten the stability of the region.(中日関係は、われわれと地域のあらゆる国にとって重要な影響を持っている。だからこそ、われわれも関心を払っているのだ。東シナ海とアジア太平洋地域における安定こそわれわれ全ての利益である。大統領は、領土上の問題に関する懸案事項について外交的解決を求める平和的努力を支持してきたし、支持し続ける。そして米国は、地域の安定を脅かす強圧的行動や一方的な措置に反対する)。
 どうだろう。極めて慎重な言い回しだ。彼の言いたいポイントは「領土上の問題に関する懸案事項について外交的解決を求める平和的努力」にある。最後の「地域の安定を脅かす強圧的行動や一方的な措置」を、中国の「挑発行動」への牽制と読み込むと、またミスリードを「上塗りする」ことになる。日中どちらにも向けられた発言と受け取るべきだろう。
 「両岸論34号」で書いたように、1月18日ワシントンで開かれた日米外相会談の後の記者会見で飛び出した「クリントン発言」は、問題の「日本の施政を損なうようないかなる一方的行動に反対」という前段と、結論部ともいうべき後段の「全ての関係者が偶発事を防ぎ、平和的手段によって食い違いを処理するよう求める」から成る。ラッセルが強調しているのはこの後段であり、オバマ政権の尖閣問題に対する基本姿勢と言ってよい。米国はこの問題で、「調停者」としてのおいしい役割を自ら失うような愚は冒さないのである。
 先に引用した政治部記者は「オバマ政権は、中国を過度に刺激することは米中関係を損ない、米側の経済的利益にも反する可能性があるとの立場だ」と書き、「首相の同盟強化のラブコールは、ありがた迷惑」との見方が米外交筋から出ていたと書く。対中政策をめぐる「日米落差」を浮き彫りにする話である。
「レーダー照射」の謎
 尖閣をめぐり安倍政権があおる「疑似緊張」は2月5日、防衛省が、海上自衛隊の護衛艦が中国海軍のフリゲート艦から射撃用レーダーの照射を受けたと発表したことで一層高まった。「照射を受けた」のは1月30日午前。その前の19日にも自衛隊ヘリコプターが中国海軍フリゲート艦からレーダー照射を受けたという。小野寺防衛相は7日の予算委員会で、レーダー照射は「国連憲章上の武力威嚇にあたる」と強く批判、防衛省幹部も「模擬攻撃」だと中国側を非難した。この発表をそのまま伝えるメディア報道を見れば、多くの人は中国が更に緊張を高める危険な行動にでたと判断するだろう。
 しかし防衛省発表を鵜呑みには出来ない。「模擬攻撃に当たる危険な行動」と非難する日本側に対し、中国外務省は8日になって「日本の捏造」と反論してきた。事実関係をめぐり双方の主張はかみ合わないのである。日本側発表にも謎は多い。第一に、照射した具体的な状況について一切説明がない。当初は場所について「尖閣周辺」としたのに、翌日になって「尖閣の180キロ北方」と変えた。実際は「尖閣周辺」ではなく、排他的経済水域(EEZ)の日中中間線の「日本側海域」だったのだ。第二は、外務省は防衛省が発表する当日昼まで知らされず、丹羽宇一郎前駐中国大使も「政府内で情報が共有されていない」と指摘する。さらに数日後には「ミサイルや火器の砲身は向けられていなかった」ことが明らかにされる。情報を小出しにしながら「危機感をあおる」、ある種の作為を感じるのは筆者だけではあるまい。
 この事件については、中国側の見方を知る必要があろう。旧正月の最中の2月14日、来日した北京大学国際関係学院の朱鋒教授(写真)にインタビューした。彼は安全保障を専門にする国際政治学者である。朱は「習・山口会談は、関係改善の努力で合意し日中関係に重要な進展をもたらした」とまず評価。レーダー照射を否定した中国国防省の発表については「理にかなった内容」とした上で「こうした事態は混乱をもたらす。尖閣問題が依然として日中関係の中心課題になっていることを示した。レーダー照射は射撃管制用レーダーではなく航海用のレーダー。意図的な行為ではなく偶発的なものだった。日本側は誇張している」と批判した。
 さらに彼は「安倍首相ら最近の日本のトップは中国の事情を知らないし、見下している」。「戦略的互恵関係」と言いながら、「その一方で中国は『悪』で、内政混乱でいつ爆発するか分からない『時限爆弾』との見方をしており、戦略的互恵関係をどう築くかの考えがない。中国を自分の政治的目的から見がちだ。中国が実務的であり共産党の統治も変化しつつあることを知らない」と語った。
外交問題化させる政治的意図
  一方、別の有力中国筋は、北京の海軍高官の話として次のような興味深い情報を明らかにした。(1)レーダー照射は、太平洋上では米軍と中国海軍の間で以前からかなりあった(2)東シナ海や尖閣周辺では2012年末から自衛隊と中国艦船の間で起きている(3)香港「明報」は中国海軍の元高官の情報として、中国側はこれまで米軍と自衛隊の艦船から計100回以上も照射を受けたと報道-。ただこのレーダー照射が、砲身を相手側に向けた「ロックオン」かどうかは明らかではない。
 中国筋はさらに(1)昨年10月、尖閣周辺海域で、海上保安庁の巡視船が中国海監船を目と鼻の先で写真やビデオを撮影したため日本側に抗議した。その後、日本側は中国戦との距離を400メートル程度離れて監視するようになった(2)外交部の関係者によると、東シナ海では、中国艦船が監視のため米軍艦船に近づこうとすると、自衛艦が割って入るような日米合作のケースが増えているーと指摘。今回の事件については「中米日の軍艦船による手の内のさぐり合いを、日本政府が初めて外交問題として取り上げたことに中国側は政治的意図を感じている」と述べた。
 どちらが挑発しているのかはともかく、東シナ海の海域では以前から日中米の軍艦船が入り乱れて監視活動をしていることが分かる。有力筋は安倍政権の「政治的意図」を問題にするのだが、中国側が、自衛隊の国防軍化や集団的自衛権の行使容認に向け、安倍政権が前のめりになっている時だけに、「中国の脅威」を利用して危機感をあおる意図を疑っているのは明らか。中国国防省は「日本政府高官は、脅威論を広め、緊張を高めて国際世論をミスリードしようとしている」と分析する。
 中国の対応について言えば、日本側発表から中国国防省の否定談話まで丸2日を要した。中国の軍備拡張に神経質になっている日本の世論を納得させるため、より丁寧な説明が必要であろう。射撃管制レーダー照射が事実なら、危険な行動は直ちにやめるよう、軍の末端まで徹底させねばならない。自衛隊と中国軍の偶発的な衝突を防ぐ「海上連絡メカニズム」は必要だが、より重要なのは両国トップの相互信頼関係の構築である。非難合戦に時間を浪費する余裕はない。
 丹羽宇一郎前中国大使は2月初め筆者のインタビューに応じ、韓国で開かれる日中韓首脳会談の場で、日中首脳会談を呼びかけた。(インタビューの全文は「中国情報ハンドブック2013年版」(蒼蒼社)に掲載予定)。北京大の朱鋒も、インタビューの最後に「日中首脳会談は早ければ早いほど良い。5月に韓国で開かれる日中韓3カ国首脳会談の場を利用した日中首脳会談が開かれれば、新たな弾みになると思う」と提言している。
「朝日」が報道を軌道修正
 話を「クリントン発言」に戻す。「朝日新聞」は2月21日付朝刊で、この発言に関する自社報道を事実上、軌道修正した。3面に掲載された「安倍訪米特集記事」の中の「迎える米政権の胸の内は…」と題する4段格の記事である。書き手は同紙ワシントン支局記者。
 -先月18日の日米外相会談で、当時のクリントン国務長官は尖閣諸島に関連して「日本の施政権を損なおうとする行為に反対する」と明言。だが力点は、「尖閣をめぐる事件、事故を防ぐことが大事だ」と、日中双方に自制を求めたところにあった。米国がアジアに視線を向けるのは、大きな経済的利益があるから。日中対立の深刻化は、それを損なう。今回の会談でも、オバマ氏は安倍氏に自制を促すと見られるー
 なんということはない。事実上の訂正記事であることが分かるだろう。海峡両岸論34号で筆者は、「中国の尖閣接近『反対』 米国務長官、外相に明言」の見出しで始まる「朝日」記事について、クリントン発言の順序を入れ替えるなどの操作を通じ、対中けん制をデフォルメして伝える「ミスリード記事」と断じた。その後、北京で開かれた習近平・山口会談(1月25日)では、習近平が安倍政権に対し「対話と協議」を呼びかけたことを、「融和姿勢」と読み込んだ記事を紹介した。つまり「米国の対中けん制の強化と日米の包囲網形成への恐れが、中国の融和姿勢を引き出した」という論理展開であった。「朝日」がクリントン発言の解釈を軌道修正したことで、この論理は破綻する。

両岸論34号を再録する。
-ここで問題になるのは①米国の対中けん制強化②日米による包囲網の形成③融和姿勢-という三つの認識に、具体的根拠はあるかどうかである。習発言を「融和姿勢」と位置付けるのは正しいのか。さらに「対中けん制強化」の根拠として「クリントン米国務長官の発言」を挙げているが、それは果たして事実か。もし読み違いに基づく認識なら、「融和姿勢」を引き出したという物語の構図は崩れてしまう。読み違いは「独り歩き」し、新たな読み違いを再生産する悪循環に陥る-
「大本営発表」をそのまま垂れ流すマスメディアの報道姿勢は、厳しく点検する必要がある。
 
(了)
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