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     第86号 2018.01.10発行 by 岡田 充
    AIは新たな統治モデルになるか
米国脅かす中国の国家戦略
 中国政府がAI(人工知能)産業を2030年に世界トップ水準に向上させる野心的な国家戦略を発表した。今世紀半ばに中国を「世界トップレベルの総合力と国際的影響力を持つ強国」にする「中国の夢」の第一歩と言ってもいい。ビッグデータを駆使して人々の行動パターンを分析し、経済のみならず政治的方向まで選択する―。これは人々の行動を監視・管理する統治モデルにもなり得る。ジョージ・オーウェルの小説「1984年」(写真 ペンギンブックスの「1984年」の表紙)を思わせる世界。AIを駆使した試みに矢吹晋・横浜市大名誉教授は「電脳社会主義」と名付け、ドイツの中国ウォッチャー、セバスチャン・ハイルマンは「デジタル・レーニン主義」と命名した。IT(情報技術)は中国共産党の一党支配を強化している。「見えざる手」の市場が国家の手足を縛るどころか、「見える手」が市場を管理できる時代の始まりなのか。これを中国特有の統治モデルと考えてはならない。米国はかなり前から地球レベルで人々の監視を開始している。「ビッグ・ブラザーの正体はAI」というのは、未来小説以上にリアリティがある。中国のAI発展戦略を概観する。
シェア経済が中国を変える?
 AIは、将来の経済と安全保障に無限といってもいいほどの影響力をもたらす技術である。
 自動運転やビッグデータを活用した都市管理システム「スマートシティー」。医療映像や自動翻訳、音声・視覚認証などが製造業と一体化すれば、果てしない経済効果が期待できる。
 こう書いても、あまり身体性が感じられないかもしれない。矢吹晋は「中国の夢―電脳社会主義の可能性」(仮題)の中で、最近の北京滞在経験を踏まえてその世界を次のように描く。
 ―シェア自転車が「中国を変える」とは、白髪三千丈並みの誇張ではないか、と受け取る向きもあろう。だが、二〇一七年秋、北京で三週間生活した体験から推すと、あながち牽強付会とは言い切れないのだ。コンビニや普通の商店はいうまでもなく、レストランから屋台まで、タクシーからシェア自転車まで、「財布なし、スマホのみ」という人々がすでに大部分なのだ。北京のような大都市だけの話ではない。雲南省昆明ではホテル宿泊客に対して「顔認証」方式が始まったと『昆明日报』が伝えている―
 ―自転車のシェアリングによって、人々は住まいからバス停、地下鉄駅までの「最後の一㎞問題」を解決できた。シェア方式はネット技術とモバイル決済が結合した新しい経済モデルだ。充電シェアリング、雨傘シェアリング、バスケのボールシェアリングなど、シェアリングが次々に生活に入ってきた。二〇二〇年には「シェア経済」がGDP の一割以上の規模となる。これらは社会管理と人間関係の巨大な変化をもたらしつつある―
 矢吹は、シェアリングが社会管理と人間関係に巨大な変化をもたらすと見るだけではない。スマホ決済によって集積されたビッグデータが「消費財の生産計画に滑油され、消費財への資源配分に及ぶ。こうして中国経済全体への資源配分が可能になる」とし、「中国の夢とは、IT革命からET革命注1への転換を全世界に先駆けて疾走することによって実現する」と解読した。
 一方、ウォールストリートジャーナル(WSJ)の中国担当コラムニスト アンドリュー・ブラウンは「習近平は毛沢東のような地位にのし上がりつつあるなか、過去の計画経済の過ちを正すため、ビッグデータや人工知能(AI)を活用したいと熱望している。そして経済をきめ細かく管理しつつ、市民の監視を続けることを意図している」注2と書く。AIが経済効果だけでなく、新たな統治モデルを形成しつつある側面に注目するのである。
国家予算の1・7倍の産業に
 中国政府はいったいどんなAI発展計画を持っているのか。まず「次世代AI発展計画」(17年7月20日)を概観しよう。計画はAIを「国際競争の新たな焦点になり、将来をリードする戦略技術」と位置付け3段階の発展戦略を掲げた。
 第1段階は、20年までにAIの全体的な技術とその応用を「世界先進水準に引き上げる」とし、関連産業も含めた規模を1兆元(約17兆円)と見込む。
  第2段階は25年まで。基礎理論を進展させ一部技術と応用を「世界トップ水準に向上させる」のが目標。中国の産業アップグレードと経済の構造転換をけん引する主要な原動力にしようというのである。関連産業も含めた規模は5兆元。
  そして第3段階として、30年までに「理論、技術、応用のすべての分野で世界トップ水準」に引き上げ、中国を世界の主要な「AIイノベーションセンター」にする目標を設定した。関連産業を含めた規模は10兆元(170兆円)で、約10年で産業規模を10倍にする。日本の平成29年度(17年)予算の1.7倍に相当する。日本政府もAI戦略を描いているが、詳述する紙幅はない。総務省がまとめた「次世代人工知能推進戦略 」注3をご覧いただきたい。
基礎理論と人材不足
 習近平・中国共産党総書記も第19回党大会で、AI産業育成に真剣に取り組む姿勢を明確にした。政治報告は「インターネットとビッグデータ、人工知能を経済と高いレベルで融合させ、中間層、富裕層の消費とイノベーションをけん引し、グリーン社会、シェアリング経済、現代的な供給ラインと人的資本サービスなどの分野を新たな成長分野に育てる」と、重点部門を列挙した。党・政府を挙げてAI産業育成に取り組む姿勢がみえる。
 中国IT産業の成長は目覚ましい。“御三家”といわれる「BAT」(百度、アリババ、テンセント=騰訊控股)をはじめ、民間企業もそれぞれAI戦略を発表している。通販サイトを急成長させた「アリババグループ」は17年10月、今後3年間にAIや半導体関連の研究開発費として1千億元(1兆7千億円)超を投入すると発表。将来は20億人の利用者を抱え、1千万の事業者が活用する“アリババ経済圏”を構築する「夢」を描いた。
 日本のAI産業に大きな差をつけた中国は、科学技術関連の論文掲載数と発明品の特許取得量で、アメリカに次ぎ世界2位になった。ビッグデータのほか音声認証、視覚認証では世界トップに立っている。その一方「米国と比べて基礎理論でのイノベーションが少ない」「高度なAI人材が不足」との指摘も根強い。今後10年強で米国を抜くには何が必要なのか。
4分野のリード企業を決定
 「発展計画」に続いて中国政府は11月15日、次世代AI発展計画推進弁公室を設立。第1期として、政府主導で4つのAI分野を定め、分野ごとにリード企業を選定する戦略を発表した。4分野とリード企業は次の通り。
 (1)医療分野は「テンセント」
 (2)スマートシティーでは「アリババ」
 (3)自動車の自動運転は「百度」
 (4)音声認識は「アイフライテック」(科大訊飛/iFLYTEK)
 御三家と「科大訊飛」が選ばれたのである。
 発表直後から、通信アプリ「微信(ウェイシン)」を運営する「テンセント」の株式時価総額は、中国企業として初めて5千億ドル(約55兆8千億円)を突破。一時は米フェイスブック(FB)を上回り米アマゾン・コムに迫った。ニューヨーク市場のアリババの株価も、年初と比べ2倍以上になった。
 「アリババ」については、習近平との浅からぬ関係が指摘されている。2002年から浙江省党書記を務めた習は、「民間の起業」に目を向け、浙江省杭州で成功したアリババのジャック・マー(馬雲 「百度百科」から)と関係を深めた。馬はトランプ政権誕生前にトランプと接触した最初の中国企業家である。彼は香港の英字紙サウスチャイナ・モーニングポストを買収するなど、メディアを通じ党・政府寄りの発信力を強めている。政府と民間のもたれあいの一例でもある。
「見える手」による市場管理
 政府がAI分野の住み分けを決めるのは果たして合理的なのか。「市場がすべてを決める」はずの市場経済と、国家関与をめぐる本質的な問いでもある。政府が住み分けを決めてもアリババやテンセントはあらゆる分野での研究と投資を継続するだろう。「上に政策あれば、下に対策あり」の諺通り、中国では党・政府の政策は往々にして意図通りに貫徹せず、変質する過程をたどってきた。
 しかしAIが人々の行動パターンを分析し、権力側に好ましくない将来の行動を未然に防止することが可能になればどうだろう。「見える手」は果たして市場をどこまで管理できるか。1997年のアジア通貨危機と2008年のリーマンショックで、マネーが人の手を離れて独り歩きする世界を味わった。AIはマネー資本主義を管理するテストケースにもなる。
 冒頭に引用したWSJのブラウンは「スマート・プランニング(情報処理機能を持った計画化)」は、中国がより近代的な経済にシフトする一助になる」と評価する一方、問題点をこう指摘する。第一は「データのオーバーロード(過負荷)」。「データ収集とそれを知的に分析することは別物」と彼はみる。つまり分析能力への疑問だ。そして第二は「官僚が過度に経済に介入すること」。その例として「中国ハイテク企業に対し、株式の1%および経営の決定権を政府に譲渡するよう強制しようとする最近の動き」を挙げた。そして「党中央がハイテク企業の取締役会に命令し始めれば、習が意図している計画化構想に対する企業トップの熱意は、急速に冷める可能性がある」と予測する。果たしてそうなるか、注意深い観察が必要だろう。
「ポスト冷戦」の終結が背景
 中国AI企業の強みは、党・政府による全面的なバックアップにある。中国がAIを駆使した国家統治モデルを摸索する背景について呉軍華・日本総合研究所理事は「国家モデルをめぐる米中競争の時代」注4で「アメリカの一極体制、普遍的価値としての民主主義への信任、グローバリゼーションという三つの柱で支えられてきた『ポスト冷戦時代』の終焉」を挙げる。第二次世界大戦後に構築され、ポスト冷戦時代に集大成した国際政治秩序が大きな岐路に立たっているとみるのである。
 それを彼女は「欧米が主導してきた経済、政治、社会体制の『失敗』、あるいは魅力の減退が、いまの中国を生みだした大きな要因になっている」と表現する。そして中国を「普遍的価値」とされる西側民主主義の世界に引き込もうというなら「民主主義の魅力を今一度示すことから始めるべき」と主張している。
 南シナ海や東シナ海における中国の外交攻勢は、確かに1952年のサンフランシスコ体制で確立した米国の東アジア安保戦略への挑戦である。トランプ米政権が12月18日に発表した「国家安全保障戦略」で中国とロシアを「修正主義者」と呼んだのは、その意味で当を得ている。
 中国のAI戦略にトランプは警戒心を隠さない。「国家安全保障戦略」は「(米国は)競争上の優位を維持するため、成長と安保に極めて重要な技術に高い優先順位を置く」と強調した。AIを戦略的技術と見做して、中国へのライバル意識をむき出しにしたのである。同戦略は、中国企業が知的所有権を盗み、サイバー攻撃を通じて「米国の革新的技術を不当に利用している」と非難した。
 「経済のみならず市民監視という政治的側面」について、米国は既に地球規模で始めていると書いた。一例を挙げる。米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデンは17年4月、NSAの文書(13年4月8日付)に、米国がメールや通話などの大量監視システム「XKEYSCORE(エックスキースコア)」をすでに日本に供与し、国家安全保障局(NSA)要員による訓練実施が記述されていたと暴露した。スノーデンはさらに、日本の「共謀罪」成立によって、捜査当局による一般人を対象とした電話やメールの通信傍受が容認されかねないと警告する。
 AI専門家は「日本政府もAIで駆動する社会を作らないと、世界の中で立ち遅れたり、人口減少と共に国力が衰退したりするのではないかとの危機感を抱いている。日本企業は組織、制度、報酬の設計で大きな課題を突きつけられている」と説明する。
 こうしてみるとAIによる新たな統治モデルは、社会主義やレーニン主義という名称を付けるより、より普遍的な性格を持った「未知の領域」のようにみえる。
協調と競合の間をゆれる振り子
 最後にAIをめぐる米中競争に触れよう。両国関係の対立面ばかりに目を向けると実相が見えなくなる。「現段階では協調と競争が絡み合っている」注5と分析するのは、中国IT技術に詳しい米コンサルタントのエルサ・カニア氏。
 最近の「もたれ合い」の例を挙げる。米「グーグル」は12月13日、北京にAI研究センターを立ち上げると発表。「中国にはAI分野で世界でもトップクラスの専門家が多く集まっている」と説明した。グーグルの研究施設はアジアでは初めて。中国政府がグーグルの検索エンジンやメールサービスを禁止しているのはよく知られている。
 「アリババ」も12月7日、米自動車大手フォード・モーターと戦略的提携を結んだと発表した。カニアによると、米中双方のIT投資は高レベルで推移しており、中国側は12年から17年まで、米ハイテク企業に641件、計190億ドルの投資を行った。御三家をはじめ中国5社は米国にAI研究所を持ち、米トップ大学を卒業した中国人を雇用し研究させている。これが米中協調の側面である。
 今後問題になるのは、米中ロが進める軍事利用であろう。AI技術は汎用性が高い。軍事転用が実現すれば、米中競合の新たな磁場になるのは間違いない。領土問題や兵器だけから安全保障を論じる時代は終わるかもしれない。戦争の形態を変えるからである。
 特に中国の場合、AIの軍事転用は軍民融合という軍と民間の高度な結合で進められる。「中央軍民融合発展委員会」を通じた国家戦略であり、これこそトランプ政権が警戒する国家主導のAI戦略である。
 ジュネーブで11月「殺人ロボット兵器」(写真 13年4月西安で開かれた商談会 レコードチャイナ)に関する初の国連公式専門家会議が開かれた。
 「殺人ロボット兵器」とは、人間の意思を介在せずに敵を殺傷できるAI兵器。まだ完成品はないが、開発に成功すればハッキングとともに戦争の形態を大きく変える。米ロは試作品もない段階での規制に否定的。むしろ「ロボット兵器に、人道法に基づくプログラミングができれば、誤爆による市民の犠牲が減る」と反論したほどだ。中国は規制議論には反対しないが、「ロボット兵器の定義が曖昧すぎる」と主張したという。
 「外交官は技術進歩のスピードに追い付けない」と国際人権団体のメンバーは言う。「外交官」を「国際政治」「大手メディア」に置き換えればもっと適切だ。
 昨年はトランプ政権誕生と北朝鮮の核・ミサイル実験に振り回された一年だった。国際政治の基調を左右する米中関係をどう表現すればいいか。安全保障における競合と経済相互依存による協調という「相反するベクトルの中で揺れる振り子」に例えると分かりやすい。
 米中関係に関するカニアの結論はこうだ。
 「当面は世界から一流の人材を引き付ける米国の能力は揺るがない」とする一方「戦略的競争が一段と激しくなる中、米国は技術競争の複雑さを認識し、技術革新を維持できるよう政策の優先順位をつけるべきだ」。ここでも、市場万能主義ではなく国家主導のAI戦略の必要性が強調されている。
 市場万能主義から国家の介在への転換。経済相互依存が「安全保障上の競合」へと転化する局面が、AIの世界から垣間見えている。(一部敬称略)
 
注1 ETとは
「組込みシステム(Embedded System)」の略語。大半の工業製品にコンピュータが組み込まれ、その上で稼動するソフトウェアによって製品の機能が実現されていることを指す。
注2 「習近平氏『ビッグデータ独裁』の中国目指す」 WSJ日本語電子版 17年12月18日
注3 「次世代人工知能推進戦略 」
http://www.soumu.go.jp/main_content/000424360.pdf
注4 「外交」Vol46 Nov/Dec、2017
注5 Technological Entanglement? — Artificial Intelligence in the U.S.-China Relationship : China Brief Volume: 17 Issue: 17
https://jamestown.org/program/technological-entanglement-artificial-intelligence-u-s-china-relationship/
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