電子礫 (隔月刊・奇数月15日発行)

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 竹内実先生 追悼記念集会開催のお知らせ(クリックしてください)
 
 竹内実先生の逝去を悼む


 竹内先生が亡くなられました!
 7月31日早朝、京都の徳岡仁先生から電話で知らせを受けて以来、痛恨の思いに沈んでいる。先生と、最早お会いできないのだという峻厳な事実が納得いかず、西方に向かって頭を垂れ、ひたすら合掌するばかり。この喪失感はなんとも癒しがたい。

 1923年〔大正12年〕6月12日生まれ、2013年7月30日死去、享年90。

 最後の著作は、2年ほど前の『さまよえる孔子、よみがえる論語』(朝日選書 2011年6月25日刊行)であった。晩年80歳代の筆力は実に驚嘆すべきもので、『中国 歴史の旅』『中国長江 歴史の旅』(朝日選書)、『コオロギと革命の中国』(PHP選書)、『中国という世界――人・風土・近代』『岩波漢詩紀行辞典』(岩波書店)など、次々構想をあらたにして力作をものにされた。著作三昧の日々の営みが生命力をかき立て長命が保証されたと思いたい。
 しかし、半年ほど前、いつもの太字の万年筆による雄渾な筆跡が委縮して乱れが生じたのに衝撃を受けた。お歳暮の礼状のハガキ一葉、それが先生から頂戴した最後の便りとなった。今年のお中元の礼状は遂に届かなかった。
 先生は中国著作最前線にあって大往生を遂げられた!

 先生の日本の中国研究者への遺言状とおぼしきものに、「竹内実 一身で日中二つの生を生きる」(馬場公彦著『戦後日本人の中国像――日本敗戦から文化大革命・日中復交まで』493-510ページ所収)がある。これはインタビュー記事であるが、談話記録に先生自ら5度にわたって徹底的に推敲を重ねた研究者一代記である。謹んでこれを熟読玩味し、ご冥福をお祈り申し上げることにしたい。
2013年8月12日
㈱蒼蒼社代表兼21世紀中国総研事務局長 中村公省

追記1:追悼会
 野辺送りの儀式があって欲しい。幸い、京都の現代中国研究会の吉田富夫先生らにより「竹内実先生を偲ぶ会」が計画されている(9月15日、於京都仏教大四条センター午後1時30分~4時30分)
 東京でも、同種の集まりが、桜美林大学北東アジア総合研究所の川西重忠教授らによって立案中である。(スケジュールが確定次第お知らせしたい。)

追記2:写真:2000年3月10日、東京で開催された「竹内実先生の受勲をお祝いする会」において参会者へ御礼の挨拶をする和服姿の竹内先生。

追記3: 21世紀中国総研ホームページでは、竹内実先生追悼文を掲載する用意があります。御執筆ご希望の方は、お申し越し下さい。(担当は中村公省)
 竹内先生追悼文および追悼記事
 以下に追悼文を掲げたい。21世紀中国総研が入手した順に、そのまま掲載することにしたい。
 「日本著名現代中国研究学者竹内実逝世 曾表示毛沢東有理由譲人紀念」〔《国際先駆導報》等
  http://www.guancha.cn/ZhuNeiShi/2013_08_01_162768.shtml
河田悌一「才・学・識・史徳を兼備 竹内実さんをしのぶ」〔『毎日新聞』2013.8.14夕刊〕

追悼文    村田忠禧   横浜国立大学名誉教授

追悼文    周一平    揚州大学教授

    中国社会科学報20130911域外版掲載追悼記事

    附 周一平著への竹内実小序 (PDF)

追悼文    上野秀一   日中語学専門学院 事務局長

追悼記事    共同通信 (PDF)

追悼文    中村公省   蒼蒼社代表

追悼文    余 項科   一般社団法人 中日産学センター(CJAI)





第75号 目次
(2017年3月29日発行)

福本勝清 中国的なるものを考える 第74回 封建制雑考 その四  1964年北京科学シンポジウムと封建制理論(中))
北京シンポジウム論文(PS論文)の歴史的コンテキストについて
竹内  実 中華点点 メモリアル 第1 回 日中関係とメンツ
第2 回 『必読 日中国交文献集』

竹内  実 中華点点 第 1 回 武昌魚(ウーチャンユイ)
第 2 回 沈黙の塔
第 3 回 こおろぎの話(1)
第 4 回 こおろぎの話(2)
第 5 回 こおろぎの話(3)
第 6 回 こおろぎの話(4)
第 7 回 こおろぎの話(5)
第 8 回 孟子(もうし)の話(1)
第 9 回 北京オリンピックのマスコット
ラッキー・チルドレン(福娃)
第 10 回 禹域との対話
第 11 回 関羽の話 
第 12 回 漢詩の話
第 13 回 漢詩の話(つづき)
第 14 回 禹域の話(つづき)
第 15 回 漢詩の話(つづき2)
第 16 回 平成十九年正月にあたっての感想 
第 16 回 緊急掲載 光華寮裁判について
第 17 回 光華寮裁判について(その2) 
第 18 回 光華寮裁判について(その3)
第 19 回 『検証 戦争責任』の中国語訳出版 
第 20 回 『検証 戦争責任』書評と井岡山シンポジウムの報告 
第 21 回 北京オリンピックと日中関係 
第 22 回 地震後・いま 
第 23 回 北京オリンピックが終って 
第 24 回 毛沢東をめぐる旅 
第 25 回 《内山完造の生涯》という書物 
第 26 回 《吉田富夫先生/退休記念/中國學論集》をめぐって 
第 27 回 日本の茶・中国の茶 
第 28 回 拙文集:《竹内実〔中国論〕自選集》の刊行
第 29 回 帝王思想
第 30 回 日中関係のこれから 
第 31回 書評《日中旅行史30年 1949-1979》 
第32 回 中国の旅―記録と回想①〈増刊第1号の辞〉
上野 秀一   増刊1号 竹内実先生とご一緒した中国旅行をふり返って 
第33回 ロンゴといろはカルタ―ひとつの思いつき

矢吹  晋 逆耳順耳 第 1 回 腹に納める話
第 2 回 現代中国治国論
第 3 回 威海劉公島海戦記念館
第 4 回 甦る大化の改新(1)
第 5 回 甦る大化の改新(2) --- 法制史学会について
第 6 回 甦る大化の改新(3)
第 7 回 甦るthe Documents of Iriki (入来文書) (その1)
第 8 回 甦るthe Documents of Iriki (入来文書) (その2)
第 9 回 甦るthe Documents of Iriki (入来文書) (その3)
第 10 回 甦るthe Documents of Iriki (入来文書) (その4)
第 11 回 甦るthe Documents of Iriki (入来文書) (その5)
第 12 回 朝説史学の教えるもの---その1
第 13 回 朝説史学の教えるもの---その2
第 14 回 邪馬臺国、不毛の百年論争を嗤う 第1章
第 15 回 朝河貫一「島津忠久の生い立ち」をめぐって 
第 16 回 朝河論文「忠久」の伏せ字復元の話 
第 17 回 客家研究の復活 
第 18 回 客家研究の復活(続) 
第 19 回 朝川の「食べた辞書」は英英辞書―朝川桜伝説の解剖 
第 20 回 軟禁時代に趙紫陽は何を語ったか=『趙紫陽軟禁中的談話』を読む 
第 21 回 書評 信太謙三『巨竜のかたち――甦る大中華の遺伝子』時事通信社、2008年5月刊 
第 22 回 書評『中国・危うい超大国』(NHK出版、2008年3月) 
第 23 回 映画「戦場のレクイエム」 

福本勝清 中国的なるものを考える 第 1 回 (通算第44回)雲南の雲南らしさについて
第 2 回 (通算第45回)昆万公路を行く
第 3 回 (通算第46回)ラーショの町にて:シャン・ステート
第 4 回 (通算第47回)湘西鳳凰紀行
第 5 回 (通算第48回)僕の小さな「長征」
第 6 回 (通算第49回)帰国はしたけれど-「反日」に思うこと
第 7 回 旅はまだ続く
第 8 回 ホー(Haw)の末裔:雲貴比較論(一)
第 9 回 ホー(Haw)の末裔:雲貴比較論(二)
第 10 回 山を見る:退耕還林は成功するだろうか
第 11 回 雲南人と照葉樹林文化説
第 12 回 小さな竹の家(タイ族その他について)
第 13 回 カフェは雲南文化
第 14 回 洋人街(Yangrenjie)考
第 15 回 文化の境界を歩く
第 16 回 奴隷と奴隷制考--涼山彝族奴隷制に関連して 
第 17 回 境界の向こう側とこちら側 
第 18 回 国境の町にて 
第 19 回 アジア的生産様式論争物語 入門編1 ウィットフォーゲル断章 
第 20 回 アジア的生産様式物語 入門編2 単一権力社会と多元的権力の社会 
第 21 回 アジア的生産様式物語 入門編3 単一権力社会と多元的権力の社会(続き) 
第 22 回 タタールのくびき(前編) 1917年のロシアの革命と知られざるレーニン 
第 23 回 タタールのくびき(後編) モンゴルのロシア支配がもたらしたもの 
第 24 回 タタールのくびき 続き --書き残したこと-- 
第 25 回 臣民の再征服 (その一) 
第 26 回 (番外編) 滇南・滇西小遊記  
第 27 回 臣民の再征服 (その二)  
第 28 回 停滞論の系譜 1 
第 29 回 停滞論の系譜 2 秋沢修二再論
第 30 回 停滞論の系譜 3 森谷克己と「東洋的生産様式」
第 31 回 停滞論の系譜 4 平野義太郎とアジア的停滞論
第 32 回 停滞論の系譜 5 若干の総括 
(番外編) 第 33 回 政権交代雑感 
第 34 回 アジア的生産様式論と中国 (その一)何幹之と『中国社会史論戦』
第 35 回 再び、秋沢修二・早川二郎にもどり、そして渡部義通・相川春喜におよぶ
第 36 回 アジア的生産様式論と中国 (その二) 中国社会史論戦--『読書雑誌』の時代 
第 37 回 アジア的生産様式論と中国 (その三) 中国社会史論戦--『読書雑誌』の時代(続) 
第 38 回 アジア的生産様式論と中国 (その四) 侯外廬と『中国古代社会史論』 
第 39 回 アジア的生産様式論と中国 (その五) 侯外廬と封建的土地国有制説 :『中国封建社会土地所有制形式問題討論集』を読む 
第40 回 アジア的生産様式論と中国 (その六) アジア的生産様式論争―1979-1982年
       第41 回  アジア的生産様式と中国(その七)ブルック編『中国におけるアジア的生産様式』(1989年)前後
第42回 カウディナのくびき その一  
第43回 カウディナのくびき その二  
第44回 カウディナのくびき その三  
第45回 石門坎(Shimenkan)紀行  
第46回  石門坎(Shimenkan)余話  
第47回  雲南四話 
第48回 やわらかな「水の理論」の世界その1
「水の理論」への柔軟なアプローチ 
 
第49回 やわらかな「水の理論」の世界 その2--水利をめぐる協働連関の可視性について  
第50回 やわらかな「水の理論」の世界 その3 “桃源郷”の水利システム 
第51回 2012年夏・雲南紀行 
第52回 やわらかな水の理論の世界4 水に育まれた連帯 hydraulic solidarity 
第53回 やわらかな水の理論の世界5 水と賦役corvée 
第54回 村松祐次『中国経済の社会態制』と原洋之介『クリフォード・ギアツの経済学』の間で その一 
第55回 村松祐次『中国経済の社会態制』と原洋之介『クリフォード・ギアツの経済学』の間で その二 
第56回 村松祐次『中国経済の社会態制』と原洋之介『クリフォード・ギアツの経済学』の間で そ
第57回 村松祐次『中国経済の社会態制』と原洋之介『クリフォード・ギアツの経済学』の間で そ
第58回 『中国経済の社会態制』(村松祐次)と『クリフォード・ギアツの経済学』(原洋之介)の間で その5
 東南アジア・日本・中国--共同性の様々なあり方をめぐって
第59回 「殺到現象」再考―「殺到する経済」と技術の伝習
第60回 雲南とキリスト教
第61回 雲南とキリスト教2  内地会の雲南伝道
第62回 雲南とキリスト教3  滇北地区
第63回 雲南とキリスト教4  ファンツブルガー・ミッションについて
第64回 雲南とキリスト教5  『チャイナズ・ミリオンズ』を読む
第65回 ゾミア・ノート その1 ゾミア・照葉樹林文化・クリスチャンベルト
第66回 ゾミア・ノート その2 
第67回 ゾミア・ノート3 焼畑・棚田・バーズ(壩子)の農業
第68回 ゾミア・ノート その4 支配を逃れる術(すべ)
第69回 ゾミア・ノート その5 低地国家の軌道に合わせるべきかどうか:石門坎教会を例として 
第70回 「『アジア的生産様式論争史』序文」(草稿)‐2012年
第71回 封建制雑考 その一 雲南からみた西周
第72回 封建制雑考 その二 中国科学院訪日学術視察団(1955年12月)の来日前後
第73回 封建制雑考 その三  1964年北京科学シンポジウムと封建制理論(上)

中村公省 「電子礫・蒼蒼」創刊に際して
中村公省 『蒼蒼』休刊に際して
竹内  実 『蒼蒼』を惜しむ